ライアーとシューベルト その四

2013年3月23日

シューベルトの音楽は、ヘンデルの音楽に共通するところが幾つかある。

 シューベルトの音楽にはヘンデルを聞いている時に感じる、背筋がまっすぐになる様な事はないが、心の隅々がいきいきとして来る。そして聞いていると魂が透明になる。

この透明感はシューベルトの音楽が持っている、他ではなかなか聞くことが無い特別のものだろう。

 

もう一つ、シューベルトの音楽の特徴と言うと音楽がよく見えることだろう。

まるで絵画を見ている様な感じがすることがある。絵画的なイメージを感じる音楽は他にもある。

ブルックナーのシンフォニーも風景につながるものがあるが、シューベルトの様に見えたらすぐ消えて行く様な映像は他にはない。

存在感があるのに輪郭が薄い、これはとても不思議だ。

シューベルトは捉えにくい音楽だろう。きつくつかもうとすると消えてしまう。

演奏するのが、技術としてではなく、曲想として捉えるのが難しい。

きっとそこら辺りが、演奏家泣かせの原因なのかもしれない。

輪郭を強く弾くとすぐにシューベルトらしさが消えて行くことだ。かと言って、ぼんやり弾けばいいかと言うとそんなこともない。

 

テンポはゆっくりがよい。これはヘンデルに似ている。

ヘンデルの演奏はたいていの音楽が先を急ぐように早めのテンポで演奏されるが、ヘンデルをじっくり、ゆっくりのテンポで聞いてみると、荘厳さが際立って来る。宮殿の様な建物が浮かび上がってくることがある。

シューベルトのゆっくりは別物。時間のゆとり、魂のゆとりの様な深々としたもので、先ず音楽が時間を思う存分呼吸する。そしてその後味わい尽くす。魂がそこで伸び伸びして、いきいきする

 

美しいメロディーはさり気なく真実を伝えている。美しい言葉の様に。

説明された真実は、いいわけの様なところがある。

シューベルトを聞いていると、弾いているとそんなことが脳裏をよぎって行く。

 

 

 

 

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