2026年1月27日
一昨日は積もるほど沢山の雪が降りました。結構ボタゆきでしたがやはり積もると雪の存在感があります。夜になって本格的に降り始め、三時間ほどで五センチ以上になり真夜中の十二時頃には十センチを超えるほどになっていて、しかも月も出ていないのに明るいのが不思議で、写真を撮ってもようとスマホで撮ってみたのですが、昼間の撮影ほどではないですが、しっかりと写っているのに驚きました。
昔花巻に住む檜山夫妻を尋ねたときにやはり大雪で、夜の散歩をしたのですが、真っ暗なのに白い雪がちゃんと見えるのは新鮮でした。スイスでも真夜中に雪道を歩いたことがありますが、その時にも雪から光が出ているのではないかと思うくらい周りの景色がはっきり見えたのです。
太陽がでいるときに積もった雪をみていると、白だけではなく青っぽかったり、薄紫のような色が混ざっているのを初めてみた時には感動したものです。昼の太陽に照らされた輝く様な雪と、夜中の静かな不思議な雪が同じ雪だとは信じ難いものです。
以前に札幌の友人から「雪は天から送られた手紙である」という言葉を残された、雪の結晶の研究で世界的に有名な中谷宇吉郎博士の随筆を教えていただいて読んだ時に、大変感動したのを思い出していました。雪をほとんど知らない東京生まれの私はどこを読んでも目から鱗の体験で、雪が天からの手紙という発想は最初は想像を超えたもので実感が湧かなかったのですが、雪との楽しい出会いを重ねるごとにその言葉の意味している深みを共感できる様になりました。
雪に覆われた世界は風景を別物に豹変させます。みたくないものが隠されるようなところもありますし、ブルガリア生まれのクリストの、なんでもかんでも包帯の様なものでぐるぐる巻きして包み込んでしまったアーティストの仕事を思い出します。バリの凱旋門を包帯の様なものでぐるぐる巻きにして、いつもみているものがある日突然大掛かりな包帯に隠されてしまって、しばらくして再び本来の姿を表したときの新鮮さ。包帯で覆われたことでいつもみているものを忘れるというのに似た状態に置かれるのでしょう。
お正月のお節料理を入れる重箱や、お屠蘇の一式、桃の節句の時の雛人形たち、端午の節句の兜、鬼灯(ほおづき)祭りの時の七夕、重陽の節句の時の菊人形などは、一年に一回姿を表し、私のたちの目の前に置かれるのです。一年ぶりに目にするそうしたものたちとの新鮮な出会いは、子どもの時は強烈なもので、お祭りの時の準備の時の楽しみでした。かつては虫除けに使っていたナフタリンの匂いが新聞に包まれたお人形と対になっていました。もしそうしたものが床の間の様な場所に一年中置かれていたら、色褪せ血ものになってしまい、一年に一度のあの審美的な出会いはないことになってしまうだけでなく、そうした人形からの印象も薄れてしまいます。
一昨日の突然の大雪は今回いろいろなことを考えさせてくれるきっかけになりました。
いつも不思議に思うのは、あれだけ積もった雪は必ず消えて行ってしまうのです。本当に一時だけの短い命です。それを手紙と喩えた中谷博士の感性に敬意を表したくなります。
2026年1月26日
「やぎさんゆうびん」という童謡、滑稽な状況を、白やぎと黒やぎの間の手紙のやりとりとして歌ったもので、もらった手紙をむしゃむしゃ食べてしまった黒やぎは「どうしましょう」と途方に暮れています。相手のヤギからの手紙を読む前に口にしてしまい、気がついた時には全部食べてしまって、困り果て、ついに相手のヤギに「今のお便り御用はなーあに」と聞き返す滑稽な内容です。
こんな話が通じなくなる時代が押し寄せています。
デンマークの郵便局が発表したところによると、郵便局は荷物の預かりと配達だけに業務を限定するということでした。どういうことかというと手紙を書いて投函してもそれは配達されませんということです。デンマークからはもう手紙がくることはないのです。また同国にいる友人に手紙を出しても届かないのです。デジタル化されたやりとりだけになり、アナログの筆跡のある手紙は消えてしまいもう読めなくなってしまったのです。まだFaxがあるじゃないと孫娘は慰めてくれますが、紙にに書かれた文字の持つ力は今の子どもたちには対して意味を持っていない様です。デンマークから手紙文化が消滅したと言うことで、ドイツでも明日は我が身かと心配する空気がうまれ初めています。
そのニュースを聞いて昨年何通の手紙を書いただろうかと振り返りました。なんと一通も書いていなかったのです。ということは手紙が配達されなくなっても私は困ることがないのです。したがってデンマークの郵便局が採った対策は賢明だったということになるのです。おかしなことに、デンマークの郵便業務が廃止されたとニュースで聞いた時には「けしからん」と咄嗟に思ったのですが、自分自身を振り返ると正直全然困っていないのが現実です。けしからんというのは条件反射的な衝動的なものだったのです。私だけではなく多くの方が似た様な状況を生きていらっしゃるのだと思います。だんだんと想像もしなかったことが起き始めている様です。
人とのやりとりは時代と共に変化しています。かつては人と話しをしたい時にはアポイントを取って直接その人を尋ねたものです。大事な要件の時こそそうしたものです。それが次には手紙で済ませる様になって、その次は電話でした。「電話でなんか用を済ますものではない」と少し時代遅れの私の父はよく言っていました。電話もインターネットの時代になると廃れてしまいました。駅や飛行場の公衆電話はほとんどなくなって、緊急用に一つ二つと間隔を置いて残されていますが、ほとんど使われることはない様です。
筆跡が指紋や声紋と並んでアイデンティティーを検証するためには欠かせないものだった時代がありました。しかし字を書くことがなくなったいま、筆跡は過去の遺物になってしまいました。紙の上に字を書くのは、芸術として書家などの専門家に限られてしまった様です。
2026年1月23日
今回の日本滞在ではいくつかの講演会が予定されています。札幌、大阪、小郡、広島 そしてさいたま新都心。久しぶりの講演会でどんなふうなものになるのか楽しみです。ライアーも弾きます。
もちろんそのために準備をしなければならないと普通は考えるのでしょう。ところが私は講演会のための準備というものを今までしたことがないので、今回も準備なしで参ります。
ただ一つ準備らしいのが、こうしてブログを毎日の様に書くことです。書いていると思考が少しは働きます。これが準備といえば準備です。言葉への道筋を整えておくことです。言葉は使っていないと退化するものですから、ドイツにいて生活がドイツ語になってしまっているため、日本語が退化してしまいかねません。そこでブログで毎日日本語を使って、日本語で考える習慣を維持しないといけないわけです。ドイツ語の講演の前には、事情が違ってきます。私が好きドイツの作家の文章を力一杯、沢山読んだものです。ドイツ語への道筋というのか、流れを作るためです。日本語のためとなると、自分の中から流れを作れるのですが、私にとってのドイツ語はあくまでも外国語ですから、自分の中からドイツ語の流れを作ることはできません。そのために私の好きな文章を繰り返し読んでドイツ語という外国語である言葉の流れを外から作るのです。
講演というのは、テーマを理詰めで話すことではうまくゆかないものです。それでやってしまうと、箇条書きで済んでしまうので十分か十五分で話が終わってしまいます。短いわりに聞き手はあくびの連続です。そんなもの誰も聞きたくないのです。そうではなく、お話しに流れを作り、その流れの中で話を進めて行かなければ誰も聞いてくれないのです。何よりも流れが大事ということです。講演は活字で印刷されたものではなく書の様なものですから命は流れです。今回もブログを書いて、思考回路の錆び付いたところを修正しています。そうしていると言葉が見えてきます。ブログという書く場所を持たせてもらっていることに感謝です。
もう一つ準備らしいものと言えるのは、ドイツの友人たちと話すことです。ドイツ語ですが言葉ではなく話の内容ですから、沢山話します。つまらない、どうでもいい様なことを話します。無駄話の様なものが返って発想の転換になり、そこから何かが噴出してくることもありのです。講演というのは生き物なのです。講演は生きているのです。
今度は逆にやらないことというのはニュースは見ないことにしています。ニュースを見ていると思考が停止してしまいます。多分今日のメディアのニュースは洗脳だからでしょう。後やることは自然の中に身を置くことです。自然は何も語らないからです。講演で一番大切なのは、自分が黙ることです。公園の中には沈黙が生きていると思っています。沈黙が深ければ深いほど話が透明になってゆきます。黙っていないと話が降りてこないからです。黙って降りてくる話を皆さんと一緒に聞いているわけです。そして時には自分で感動したりしています。沈黙している自然はそれだから講演の目標であり先生なのです。講演の中で自らおしゃべりをしている様な人の話ほどつまらないものはないのです。普段おしゃべりでも講演の時は寡黙な私なのです。矛盾しているように聞こえますが、これが本当の講演の姿なのです。