同じことを何度もする

2026年4月23日

おんなじことを何度も言う、ではありません。くりかえるということでは同じ様なものですが、少し違います。とはいえこんなことを書くと、「仲さんもそろそろ歳ですかね」と思われてしまうのかもしれません。
ライアーを弾いているときに感じることで、たくさんの曲が弾ける様になるよりも、一つの曲を納得の行くまで弾き込むことの方に幸せを感じていると言いたいのです。気に入っている曲を自分が弾きたいように弾くのです。美味しいお茶をいただく様な贅沢の極みかもしれません。
演奏というのは段階があるものなのです。楽譜が間違いなく弾ける様になったという段階はまだ音楽の入り口にしか過ぎないのです。確かに弾ける様になったというのは一つの達成ですが、実はそこからまた奥があるのです。音符が弾けるというところまできたら、また新たな始まりがあるのです。

一つ一つの音を美しく弾くというのはいつも心がけていることですが、弦をぽつんと弾いても何にもならないのです。やはり作品を弾いてみないといい音が出ているのかどうかはわからないのです。ですから私は必ず出来上がった作品を弾くことにしています。しかも本当に弾きたい曲をです。いつも即興の様に弾いていてはわからないものがあるからです。

まずは弾きたい曲が音符通りに弾けるところまで練習します。とりあえず全部の楽譜が音として鳴るところまで来たら第一段階は達成したことになります。楽譜をマスターし、指遣いも決まると、その次はその曲をどういうふうに弾いたらいいのかを考えます。一つの曲なのにいくつもの可能性があります。初めの頃はまさに暗中模索です。弾く毎に違うふうに弾いてしまいます。十回二十回ではまだわかっていないのです。三十回でもまだ決まっていない感じです。ある程度納得がゆく段になった時に意識的にその曲を弾くのをやめます。その時々で違いますが一週間くらいしたらまた弾き始めます。滑らかに弾ける様になって休みに入ったのですが、久しぶりに弾いてみると、まるで初心者のように下手なのです。忘れてしまったのかと昔はがっかりしたのですが、今では弾かないでいた間に何かが起こっていることが分っているので、がっかりするよりも心機一転また新たに始めます。三、四回弾くとだんだんと昔の感触が戻ってきます。しかし以前とは違うのです。今度は今までとは違うふうに弾いたりしてみます。しかしまだまだ模索中です。何度弾いても「これだ」というところに落ち着かないのです。迷っているのです。自分で聞きたい音を探しているのです。傍目には大変そうですが、実は音を探しているときというのはとても楽しい時なのです。しかも曲となったメロディーを弾いているので、一つ一つの音が前回の演奏の時と比べられるのが実に楽しいのです。音を抽象的に弾いていただけでは、音を比較することができなくなりますから、上達がわからない様な気がします。
たくさんレパートリーを持ってたくさん曲を弾きたいと思っていた時期もありますが、最近は同じ曲を上手に弾けるようになりたいと思うことが多い様です。曲数を増やすことよりも、しつこく何度も弾いては、これでもかと自分を挑発しています。しかしそうして同じ曲を何度も弾いているときに、我ながら「いい音になってきているではないか」なんて思ったりする瞬間が訪れます。一条の光がさすなんて感じかもしれません。
しかし曲が上手に弾ける様になるのが私の目的ではないのです。目標にしているのは一音一音がイキイキと響くことなのです。いい音が欲しいのです。ライアーという楽器はこう弾いてもらいたがったんだと思えるような音が欲しいのです。これは技術を練習しても得られないものです。上手に弾ける様になればいい音が作れ様になるのかというとこれも違います。
上手じゃなくてもいいのです、いい音でライアーを弾きたいのです。

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