欲のこと

2012年9月24日

欲と言うと、食欲、性欲、出世・名誉欲、自己顕示欲などがすぐに思いつきます。そしてよく言われる様に、欲というのはよくないことという風に思ってしまいます。品行方正に生きて、人からよく見られたいと思ったらもう欲が出ています。欲は微妙なところで私たちを取り巻いているものの様です。

 

欲をよくないと言う人たちは、大半が禁欲的な生き方を志している人たちで、あまのじゃくな私は、どうして禁欲的なものがよくて、欲を楽しんでいるのがよくないのかは、はっきり言えることではないと思っています。

 

食欲は今グルメになり、性欲はポルノ的なものになりと、欲は拡大して日常生活にしっかりと入り込んでいます。享楽主義者で、欲に振り回されてしまっては人生は狭いものになってしまいます。でも一方で、食欲、性欲は立派な生命活動として認められているものです。それを否定すると言うのは相当のことを考えてのことだと思います。生きることを否定している様なものですから・・・。禁欲の薦めはどこにあるのでしょうか。

 

精神修行という観点に立って言うと、禁欲的なものが薦められています。断食をする、性的なものから離れると言うのは修行の一つと認められています。精神は欲の世界の反対に置かれているからです。欲は精神を傷つけるからです。欲はそうしてみると物質的なものと言って好い様な気がしてきます。

 

しかし逆手を取って、精神修行をして、精神界、天国、天界で上等なところに行きたいと言うのは欲ではないのでしょうか。そのために一生懸命人を蹴落としてまで修行だと言っていろいろやっている人はいないのでしょうか。いる様な気がします。欲張った精神修行もあります。私はそれも欲の一つだと思っています。

 

精神修行を純粋なものにするには二つの欲から自分を解放しなければなりません。天国、天界を向いた欲と、地上的なものに向かっている欲です。そうして初めて自由という境地を感じることができると考えるのです。

 

欲は衝動的なもので抑えるのがとても難しいものです。それから自分を解放するのは至難の業です。だから極端に禁欲という形を自らに課するのでしょう。しかし形を押し付けるのは何処かで無理があります。禁欲的な生き方を薦める牧師、司祭と呼ばれている人たちが、少年少女に対して猥褻行為をしたとして摘発されたのです。千人をはるかに超えるのです。一つの極に走るとその反動があるというよい例だと思っています。

 

欲は何処かで止められるものではない様ですから、ゆっくりそれに付き合ってみようと思います。欲をなくそうと言う欲からも解放されないといけません。そうしないとどこまで言っても欲に振り回されそうです。

 

今日は自分の中の幾つかの欲に向かって睨みをきかせてみました。そしたら欲はよくしたものですこしだけたじろんで恥ずかしそうにしていました。でも欲をよく見たら自分にとてもよく似ていました。こちらもすこし恥ずかしくなってしまいました。

 

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