手紙が消えるデンマーク
「やぎさんゆうびん」という童謡、滑稽な状況を、白やぎと黒やぎの間の手紙のやりとりとして歌ったもので、もらった手紙をむしゃむしゃ食べてしまった黒やぎは「どうしましょう」と途方に暮れています。相手のヤギからの手紙を読む前に口にしてしまい、気がついた時には全部食べてしまって、困り果て、ついに相手のヤギに「今のお便り御用はなーあに」と聞き返す滑稽な内容です。
こんな話が通じなくなる時代が押し寄せています。
デンマークの郵便局が発表したところによると、郵便局は荷物の預かりと配達だけに業務を限定するということでした。どういうことかというと手紙を書いて投函してもそれは配達されませんということです。デンマークからはもう手紙がくることはないのです。また同国にいる友人に手紙を出しても届かないのです。デジタル化されたやりとりだけになり、アナログの筆跡のある手紙は消えてしまいもう読めなくなってしまったのです。まだFaxがあるじゃないと孫娘は慰めてくれますが、紙にに書かれた文字の持つ力は今の子どもたちには対して意味を持っていない様です。デンマークから手紙文化が消滅したと言うことで、ドイツでも明日は我が身かと心配する空気がうまれ初めています。
そのニュースを聞いて昨年何通の手紙を書いただろうかと振り返りました。なんと一通も書いていなかったのです。ということは手紙が配達されなくなっても私は困ることがないのです。したがってデンマークの郵便局が採った対策は賢明だったということになるのです。おかしなことに、デンマークの郵便業務が廃止されたとニュースで聞いた時には「けしからん」と咄嗟に思ったのですが、自分自身を振り返ると正直全然困っていないのが現実です。けしからんというのは条件反射的な衝動的なものだったのです。私だけではなく多くの方が似た様な状況を生きていらっしゃるのだと思います。だんだんと想像もしなかったことが起き始めている様です。
人とのやりとりは時代と共に変化しています。かつては人と話しをしたい時にはアポイントを取って直接その人を尋ねたものです。大事な要件の時こそそうしたものです。それが次には手紙で済ませる様になって、その次は電話でした。「電話でなんか用を済ますものではない」と少し時代遅れの私の父はよく言っていました。電話もインターネットの時代になると廃れてしまいました。駅や飛行場の公衆電話はほとんどなくなって、緊急用に一つ二つと間隔を置いて残されていますが、ほとんど使われることはない様です。
筆跡が指紋や声紋と並んでアイデンティティーを検証するためには欠かせないものだった時代がありました。しかし字を書くことがなくなったいま、筆跡は過去の遺物になってしまいました。紙の上に字を書くのは、芸術として書家などの専門家に限られてしまった様です。






