新しい自我の時代

2024年3月28日

精神生活に関心があれば自我は避けて通れないものです。自我というのは最高に位置しているかも知れません。自分探しに躍起になるなどはその最たるものでしょう。

しかし一方で自我とか自分というものはおいそれと見つかるものではないと多くの人が知っているのも事実です。私は見つけた人にあったことがありませんから自我にしろ自分は見つからないものと思っています。ですから自分探しは何をしているのかと斜に構えて見ています。

私が自我なんて言うものは見つからないというのには理由があります。人間には自分になろうとする働きと同時に、自分としてあるように見えるものを否定し壊そうとする働きがあるからです。否、それどころか自分を壊しているところが健全な自我の生活なのだと考えています。。自分は、なんて言ってさも自分になったつもりでいる姿が実は醜いのです。そう言う醜い自分の幻想を壊せることが自我の健全さなんです。

思春期までが自我形成に取って大切な時期だとしても、そこを過ぎたら固めてしまった自我とか自分を壊せるようになってほしいのです。そうしないと社会はコチコチの人間ばかりになってしまいます。

自分とか自我は自力で壊すことはできないと思っています。外からの働きかけで破壊は成就するのです。主に人の力によってです。自我を壊すためには人と会い、人と触れ合って刺激を貰わなければならないのです。これは思春期のあとに来る仕事です。

西洋文化と言うのは私の目には思春期の延長にあるように見えてならないのです。自我形成に明け暮れた歴史があります。

自我は自らを壊す前に、


壊す自我、自分を作って置かなければならないということからすれば西洋は大きな仕事をしたことになります。しかし今は自我を壊す時代です。いつまでも自我に囚われていると時代遅れになってしまうことでしょう。

コメントをどうぞ