笑いを誘う芸、狂言
笑いがどこでどのように生まれるのか研究したものを私はまだ読んだことがありません。知っている方がいらっしゃいましたら是非教えていただきたいと思います。
それに引き換え笑いの研究は結構あります。ところがそれらを読んでも笑いと親しくなったような気がしないのです。きつと笑いは研究対象としてはふさわしくないものなのでしょう。
笑いにとって必要なことは自分で笑うことなのかも知れません。うまく笑えたら全ては解決するのです。
しかし今社会から笑いがなくなりつつあります。人々は笑わなくなってしまったのでしようか。笑いが人間から遠ざかることはないので、人々が笑えなくなったと言うことの様です。
テレビで日本のお笑い芸人さんたちが一生懸命お客さんを笑わせようとしているのを見ていると、なんとなく白々しくて目を逸らしたくなります。人の悪口を言って笑いを誘ったりして品がないものも多いのです。基本的には媚びた笑いだからつまらないのです。芸人なのにそれらの笑いは芸の域に達していないのです。私が個人的に、笑いを芸として一番楽しんでいるのは狂言です。実におかしいです。素直に滑稽です。狂言ほど笑いが凝縮したものはないのではないかと思っています。白々しいとか、恥ずかしい、とか言う様な境地を遥かに越えて、素直におかしいのです。天真爛漫です。そのおかしさに釣られて観客席にいる私もつい笑ってしまうのです。この時の笑いはとても正直な笑いで私は大好きです。
狂言のテンポが、これまた実に気持よく間伸びしていて、芯からリラックスできるのです。笑いにはのんびりと言うのは大前提の様な気がします。のんびりした時間の流れです。そもそも大真面目なお能の合間に演じられるもので、お能の緊張をほぐす大切な役割を担っていますから、少し間の抜けたようなテンポが望まれているのです。狂言役者が間の抜けた様な演技をするので、観客は誘われてのんびりしてしまうのです。そうなると大しておかしくないことが可笑しくなったりするのです。「わっはっはっ」と言う狂言の演者の豪快な笑いに触れるとこちらも思わず笑いたくなります。笑わなければ損したくらいに感じてしまいます。こんなに緩んだ笑いを他には知りません。もっともっと狂言が日本ばかりでなく広く世界に普及してほしいと願っています。






