新しいレパートリー

2026年3月31日

ライアーで演奏するのに相応しいものを探しています。
基本的には主張の少ないものという趣旨で弾きたくなるようなものを探しています。
しかしこの観点から曲探しをしていると、ヨーロッパの音楽というのは自己主張の道具になっていると改めて気付かされます。主張の強いものは二小節くらいで嫌になってしまうか、もう少し弾けてもやはり飽きてしまうのです。ライアーという楽器の持つ性格と全く合わないからです。
昔ベートーヴェンなども弾けるのではないかと、軽いノリでエリーゼの為にを弾いてみたのですが全然様にならなくてすぐに諦めました。素直に弾けそうな気がしたのですがライアーの可能性というのか許容範囲を遥かに超えていた様に思います。
主張の強いものというのは、曲が何かであろうとしていることです。私がこれと思うのはその曲が伴奏的なものです。人生の伴奏をしているようなものです。

私はライアーで演奏するとき作品となっているものを弾くことにしています。即興演奏のようなことは今までしてきませんでした、これからもすることはないと思います。作品としてまとめられたものには作曲した人の命を感じるのです。もちろん作曲家たちはそれほど意識して使命だと思っていなかったものだと思います。直感的にサラリと作っていたりしているのですが、そのさらりの中にも命を感じるのです。もしかするとさらりだからこそ命が輝いているのかもしれません。その命と向き合うことが演奏の楽しみで、即興のようにその時の気分で音になっただけのものは、結局は納得できないのです。その時は満足していたのかもしれませんが、後になってみると何も残っていないと言うことが重なったのです。大勢の人と即興的に音遊びをするのは、音による会話を楽しむ様なところがあり、言葉ではない気持のやり取りが面白く感じられるもので楽しめるのですが、一人の即興演奏は後味が良くないので遠慮してしまいます。
ライアーには主張の少ない素朴な作品が合っていると思っているので、その辺りに照準を定めているのですが、なかなか難しいものです。今回も個人的に好きなヘンデルの作品からと思ってあれこれと聞いています。候補は見つかるですが、それがライアーに収まるかどうか。昔クラシックギターで古いスペイン音楽をよく弾いていて、そのあたりのものも候補に挙げています。ただギターとライアーは似ているようでそれぞれに頑固なところがあるので要注意です。1500年代のスペインのものの楽譜を引っ張り出して来て眺めています。もしかするとその中の一つや二つは好奇心の塊ような人だった織田信長が、彼の城に招いて演奏させていたものかもしれません。当時宣教師と一緒に楽士も来日していたと読んだことがあるので可能性はなきにしもあらずです。
当時は音楽の歴史からみると、器楽曲というジャンルが形を成し始めていて、なんとか形として出来上がって来るところです。ファンタジアというタイトルのものがようやく確立したところです。したがってよちよち歩きの器楽曲といえます。まだまだ自己表現の道具にはなっていない段階です。とりあえずはライアー向きと言えるのですが、良い作品に巡り会えることを祈っています。
日本の作品も考えているのですが、今ひとついい出会いがありません。お琴の曲六段はどうかと考えのですが、その昔どう弾いていいのかで悩んでしまったことがあり、今回はパスしようと思っています。よく歌われている唱歌も候補には挙げています。ただよく知っているものというのは聞いている人の記憶と結びついてしまうのでライアーの音を純粋に聞くという効果が薄れてしまいますから、作品はできるだけ知られていないものの中から選ぶ良いにしています。

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