真理、真実そして正しいこと
タイトルのそれぞれの言葉は注意を引く言葉です。私たちには真理、真実、正しいに憧れがあるのです。
正しい生き方をしたいと思っている人はとても多いと思います。どうしたら正しく生きられるのかと悩んでいる人も多いです。真理の探究者たらんとしている人も多いです。正しいと言うのは理性に叶っているのでしょう。
ところで真理はそもそも何処かにとっくの昔からあるものなのでしょうか?それとも一人一人の人間がそれぞれの生き方のなかでそれぞれの真理と言えるものを手にするものなのでしょうか?
絶対真理と言えるものを信じた時代もありました。もしかすると今も続いているのかも知れません。その絶対真理の代弁者という人か現れて人類を救済すると言うシナリオがです。
絶対的な存在、存在者を否定する積りはありません。しかしその絶対者が真理を具現していると自覚しているかどうかは疑問です。絶対者は真理のことなど知らないからです。それは人間が自分の事を何も知らないのと同じです。人間は自分が真実だとしても、真実である自分のことは知らないのです。勿論真実は自分の外に求めても見つからないですし、自分の中に入っていっても見つからないのです。確かに何処かにあるのですが、どこにもないものでもあるのです。まるで幻のようなものです。
その幻想を正当化して権力に物を言わせ人間を翻弄しようとしている輩がいるのです。
ですから真理が語られる時は何時も注意が必要です。ないものをあたかもあるかのように見せる能力に長けた者たちがいるからです。彼らは言語巧みに正当化して正しいことがあるかのように見せる術を心得ているのです。
正当化された正しいとか真理には惑わされないようにしないと人生を踏み誤ります。正しいも一つのフェイクだと心得ておくとスッキリ見えてくるものです。






