未来とは
過ぎたことは蓄積されて残って、経験というものに変化します。沢山経験した人は豊かな記憶を生きることになります。過去に起こったことは変えられないので全てをそのまま受け入れることになります。食べた物のようなもので摂取して人生の栄養になるのです。記憶として残っているため思い出して、あたかも今起こっているかのようにリアルに再体験することもできます。
現在は刻々に過ぎ去って行っているのですが、体験としての今は幅があって時計のように秒単位というわけではありません。今には個人差がするというとこが面白いです。携帯やスマホを常に持ち歩くようになってみんなが世界共通の時間で生活していますが、少し前まではみんなが腕時計をしていました。興味深いのは皆が同じ時間ではなかったことです。時計が正確でなかったこととは別に、人によっては一分進めている人がいれば、三分とか五分も進めている人がいたのです。テレビやラジオで朝に世界共通の時間を確認してその後個人の好みで腕時計の時間や家の柱時計の時間を進めるのです。
今起きていることは純粋に体験しているだけで判断をしてない状態ですから、ある意味小さな子どものようなものと言えます。今を生きるとはそういうことです。
意識と言うのは記憶として蓄積されたところに外から種のように舞い込んできて、そこで発芽してゆくものではないかと考えています。今と言うのは相当の部分を無意識のなかで生きているような気がします。外から種がやってきてもその瞬間はまだ何が起こったのか分からないままなのです。
その種がやってくる方向が未来からです。未来というのは無意識以前といっていいと思います。まったくもって未知の、私たちの判断の枠を超えたところの存在です。ただ私たちの存在と無関係ではない不思議な謎に満ちた、私たちの人生に多大に影響しているものです。未来がなかったら私たちは一方通行の道をただただ前に向かって進んでいるようなものなのです。






