携帯の写真機能
今や携帯電話に写真機能があるのは当たり前で、しかも写真を撮ることが一番の仕事になっている有様ですから、携帯から写真機能を無くしたら相当のパニックが予想できます。
そもそも携帯の電話機に写真機能を取り付けようと考えたのが日本人だったのです。当初は相当疑問視された様ですが今日のインターネット上の写真の洪水は日本発ということになります。日本の写真工学が世界の80%以上のシェアを占めていることも視野に入れると、日本人と写真と言うのは、一筋縄ではゆかない深い結び付きを感じてしまいます。
日本には俳句の文化が深く根付いています。これが意外と写真文化と関係しているのです。俳句が得意とする表現は瞬間に疑問されたイメージです。西洋のバラードの様に長い話を詩として綴ることは俳句にはできないことです。俳句は瞬間の凝縮感が命です。ダラダラと説明する俳句など、衣がぐたっとなった天ぷらのよなもので味わえるものではないのです。
瞬間を凝縮させるのは俳句と言う形式にあるとはいえ、俳句でも容易なことでは無く、瞬間を感じる感性、言葉のセンスは俳句では決定的な意味を持っています。
写真は瞬間を切り取ります。シャッターを押せば撮るとは言っても、その瞬間が生きた瞬間かどうかは写真の質を左右します。スナップとして知り合い同士で見て楽しめても写真としてどうかは別問題です。凝縮された瞬間が生き生きとした写真と言うのは滅多にお目にかかれないものです。プロの写真家の瞬間を読み取る力は鍛え上げられた職人技です。
とはいえ日本人の持つ瞬間や、空気を感じる感性が、俳句や写真文化を支えていることは確かです。
ちなみに私が弾くライアーという楽器は、どちらかと言うと俳句のように瞬間を音にするのが得意な楽器です。弦に触れ音を聞いただけでこの楽器を買ってしまった人を何人か知っています。そのくらい一音だけで聞き手を説得させる力がある楽器です。
この楽器はドイツで生まれたのですが現在のドイツではほとんど忘れられてしまった楽器です。しかし日本ではどんどんライアー人口が増えています。瞬間を感じる感性が写真や俳句やライアーのつながりを作っているのかも知れません。






