ロゴスは言葉と数学の根源を意味しています

2023年12月22日

算数から数学になったときに、今までは数字だけで計算していたところに、xやyといった言葉の要素が加わってきました。ワクワクした連中と脱落した連中に別れたのを思い出します。

国語の時間にある日突然、文章を文法と呼ばれる規則で説明し始めたので。言葉を証明するような要素が入ってきた時、全然理解できないクラスメイトが何人かいたのです。その人たちに無共通していたのは数学が苦手だったことでした。

 

私はそんな経験もあって昔から言葉は数学だと思っている一人です。

地上に言葉がいくつあるのかは数え方で違った数字が出て来るものです。ちなみにキリスト教の聖典であるバイブルは四千近くの言葉に翻訳されています。

私たちの常識からすると、それらの言葉はそれぞれに独立しているものですが、言葉の研究者たちは、それぞれに違っているように見える言葉ですが、それらをグループ分け出来ると見る人もいます。インド・ゲルマン語系、ウラル・アルタイ系という具合にです。これもわけ方で幾つのグループがあるのかは違ってきます。

ところが言葉をさらに深いところまで潜ってみると、そこには不思議な光景が見えて来るのです。そこまでたどり着いたことでわかったことは、言葉は一つの源泉から生まれたのだということです。そしてその時に明らかになったのは、言葉はそもそも数学だったということでした。

こんなことを聞いてもピンと来ない人がほとんどだとは思うのですが、ここまで研究が進んだことで、今私たちが便利に活用しているものがあるのです。

そこにたどり着いたことでコンピュータの翻訳機能が生まれたのです。

言葉をアナログとして捉えていた時、つまり一つ一つバラバラな言語としてということです、その時にはそんな翻訳機など実現しなかったことなのです。言葉が数学だというところまで落とし込んで、それでデジタルという研鑽法で扱えるものとしたことでコンピュータ翻訳が生まれたのです。外国語が苦手な人には快挙です。

 

初めに言葉ありき、というのはヨハネ福音書の序章の冒頭で言われているものとして有名ですが、ここで言葉と訳されているギリシャ語はロゴスです。このロゴスというのはロジックという言葉の語源でもあるように、論理的思考を表すものでもあり、ひいては数学にまで広がる幅広い意味を持った言葉です。最近の百年くらいの間に証明されたことが、古代ギリシャ語では当たり前のこととして理解されていたわけです。温故知新、古きを訪ねて新しきを知るみたいな世界です。

言葉がそもそも数学だということ、そして数学が数字で語る言葉だということを理解できれば、理系・文系という考え方が古いものだということに気づくものです。数学とは本来いい加減なものを持っているものであってそれ故にいつまでも進化し続けるものなのです。そして言語というのは複雑怪奇なるものを整理する想像を絶する力があるものなのです。

現在私たちはここまできたわけです。そのことによってまた新たな地平線の前に立っています。この数学と言葉をさらに掘り下げたらどこに辿り着くのかという期待感が新たに生まれたことです。なんだかワクワクが止まらないのです。

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