氷の上をただ滑るだけ 荒川静香さんのこと

2013年7月10日

スポーツから芸術的な感動を得ることは時々あります。

最近は音楽がスポーツの様になってしまいましたから、全くの逆サイドから奇襲を受けた様な経験があったのでそのことを書いてみます。

 

森麻季さんのYou raise me upをyou tubeで見てそこで荒川静香さんがトリノの冬季オリンピックで優勝された時の映像を見、更にExhivitionでこの歌をバックに滑られた時の映像も見ました。その映像を見ていて、始めてフィギアのアイススケートが美しいものだと発見したのです。

 

フィギアのアイススケートの映像を見るのはなにもこれが初めてではなく、今までにもテレビで見たりしてはいましたが、その時は滑りながらジャンプする競技で、何回転のジャンプがどのくらい出てくるのか、どのくらい正確なのかが競われられているものにしか見えなかったので、しばらく付き合いましたが、飽きてしまい見なくなっていました。最近はほとんど見ることはありませんでした。

 

氷の上を滑る美しさ、これをフィギアスケートを見る時には期待していました。ところがそんなものを期待していたのが悪かった様です。大切なのは回転です。回転が命でそこを成功させれば高い点が取れると言う感じに見えて来てしまってからは、気が抜けてしまいました。採点の対象として芸術点と言うのもあるようでしたが、あまりワクワクする様な芸術的な動きにはお目にかかれなかったと記憶しています。ちなみに私はウィンタースポーツを一切しませんからスケートに関してはずぶの素人です。何よりもアクロバットが見せ場で、それ以外は単なるつなぎでしかなく、私が一番期待していた氷の上で滑る美しさのところで多くの選手は手抜きをしている様にしか見えなかったのがとても残念でした。

 

荒川さんの優勝を決めた時の滑りも、Exhibitionの時の滑りも、氷の上を笑う様にニコニコと滑っていらっしゃいました。荒川さんが笑顔で滑っていたと言うのではなく、滑ることが笑顔に満ちていたと言うことです。エッジと氷の対話と言っても好い様な気がします。荒川さんと氷が一つになっていたのです。始めて目にする氷の上の芸術でした。以前はジャンプになると「またか」と目をそらして不機嫌になるのですがジャンプは滑る延長にしかない様に見えました。滑ることが、美しく滑ることが先ずあって、そこからジャンプが生まれて来るのですから、今までとは違ってジャンプも滑りの中に溶けています。ジャンプの後の着地もよく見かける、うまく着地したぞと言うものとは違っていて、さり気ないのです。さり気ない中に輝く動きがうかがえるのですから、鳥肌が立ってきました。フィギアのスケートでは初体験でした。

 

唐突ですが室内楽の弦楽四重奏などで、テーマが出て来て、そして次のテーマが出て来るまでの間をつなぐ流れがありますが、上手な楽団とそうでない楽団の違いは、テーマを上手に弾くかどうかのところではなく、その何でもない様に聞こえるつなぎのところがしっかり音楽性にささえられているかどうかなのです。テーマはアクロバット的なところがあって目立ちますからどなたも一生懸命に弾くのですが、音楽性のある方たちはその後もゆったりと音楽に溢れた流れを作れるのです。ところが、そうでない場合は、なんとなく気を抜いているのではと思うことが多く、そこで全体を支えていないと音楽は生きたものになってこないのです。

 

ずぶの素人のくせに偉そうなことを言うのを許していただきたいのですが、荒川さんの滑りはスケートの醍醐味を本当によく理解している人にしかできないとても上等なものでした。氷の上を喜びをかみしめながら、淡々と滑っているのです。これが見たかったんだと思わず心の中で「ありがとうございました」と言ってしまいました。

スポーツの世界から上等な精神世界に通じるものを受け取れたことがとても嬉しく、今日はいつもと少し違うテーマを選んでしまいました。

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