It rains のitf八百万の世界

2025年11月26日

英語のItは文法的には不定代名詞といいます。代名詞というのはある名前を持ったものを代行しているもので、何か、例えば庭の木を指したりしているのです。しかし雨が降るという時のitは不定代名詞ということで不定ですから、何も代行するものがないということで非人称とも言われます。非人称ということは、自分を指す一人称でもなく、あなたとか君を指す二人称でもなく、彼とか彼女という三人称にも当てはまらないのです。

It rainsは雨がある、雨が降ります、雨だなどと訳せるのですが、主語はitで動詞がrainなので、直訳しようとすると「それが雨をしている」とでも訳すのでしょうか。厳密にいうと雨が降るという自然現象が説明がつかないことが問題なのです。なぜ雨が降るのか、何が雨を降らしめているのかがわからないので、不定代名詞というものを苦肉の策で編み出したということなのでしょう。誰でもないものが雨降りという行為をおこなっているのです。雷が鳴るというのも謎めいた自然現象で、そういう時にはこの誰でもない非人称を主語として登場させるのです。そのために不定代名詞なるもので文法的に文章の体裁を整えるのです。まさに苦肉の策です。

ちなみドイツ語でIt rainsはEs regntとなります。このesは英語のitよりも少しは具体的に説明ができます。出所がはっきりしているということです。昨日ブログに書いた二格というところがesの出どころです。

古い言い方に Ich bin es zufriedenという言い方があります。言いたいことは、私は満足していますということです。今日ではIch bin damit zufriedenとなり、damitという何で、どんなことで満足をしているかを明記します。古くは満足というものが曖昧なものだったようで、esでもってぼんやりと満足な自分を表した様です。このesは三人称の人称代名詞と形はおなしなのですが、実際は不定代名詞のesです。

この不定代名詞のesがどこからくるのかというと、摩訶不思議な二格からで、そこで使われている二格のesというものからです。二格というのは昨日見たように「お陰様で」を言い表すときなどに使われる、今日的には不思議な格です。お陰様と言う時も誰のおかげなのかはわからなくていいのです。空気の様なものなのか、昔よくいったお天道様なのか、とにかくこの世的なものではないことだけは確かです。雨を降らしめているのも、この世的な力ではないと昔の人は感じたのでしょう。古代のギリシャ語で雷が鳴るというのは、「ゼウスの大神様が太鼓を叩いている」というふうにいっています。自然現象は神がかっていたのです。今日では気象学が気圧や湿度などから天気を説明したことになっているので、不定代名詞を使って非人称的に言い表す必要がなくなっているのですが、言葉としては未だに未知なるものとして昔ながらに神がかり的に表現し続けています。

さて二格のesはそもそも目的語として使われるのですが、雨が降るという時には主語として使われているのです。どうしてこんな刷り違えが可能なのでしょうか。それはこの二格が魔法の使いで、目的語ともなり、また主語としても使われるからなのです。今日でも南ドイツの方言の中にDes gefällt mirと二格を主語にして言ったりします。とても気に入っている、という意味ですが、二格が主語になっているのです。もちろん現代語では主語となるのはいつも主格、つまり一格で、それしか許されていませんから、標準語的には間違いということになります。言葉というのは昔は今と違ってもっとずっと自由なものだった様で、主語になったり、述語になったり、目的語になったりと変幻自在だったのでした。つまり現代という時代は、実に型にはめられて、窮屈な言語生活を強いられているということの様です。あるいは人間がだんだん融通が利かなくなってそれにふさわしい言葉遣いを選択した結果、型にはまってしまったのかも知れません。鶏と卵の様なものでどちらが先かは分かりません。

ちなみに日本語の「雨が降る」はどういうことを言っているのでしょうか。これまた特殊な言い方の様です。雨が主語ですから、雨に行動の衝動的な意志が宿っていると見ているのです。雨の神様が体をブルッと降ったら雨になる様な感じです。さすが日本は八百万の神がいるようで雨の神様の仕業でした。

 

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