直感は向こうから来るもの

2026年9月14日

人前で演奏しているときは練習の時と違って後戻りできない状況を抱え込んでいるわけです。そこで役に立つのは繰り返された練習であることはもちろんなのですが、練習の成果が必ずしも本番で出てくるというものでもないことも事実です。繰り返された練習は本番を支えてくれはしますが、練習と本番は根本が全く違う、別の次元のものなのです。
もしあるピアニストがピアノが大好きで毎日何度間もピアノに向かって練習に励んでいるとします。その人は今まで一度もコンサートのようなことをしたことがないとします。いつも自分の技術を磨くために練習しているのです。もちろん練習の成果はあるのでしょう、必ずや上手になっているはずです。しかしそれを確かめる手段は、一人でこもって練習している限り現れません。

私はある時、友人の娘さんに助言をしてみました。娘さんはピアノを弾くことが大好きでいつも一人で黙々と練習をしている人だったのです。一度人前で弾いてみてはいかがですか。ホームコンサートにようなものをするように働きかけてみたのです。答えは予想通りでした。人前で弾くほどの腕前ではないというのです。
それからしばらくが経ったある日、面と向かって、そう思っていらっしゃるだけですよ、私の耳には、あなたの演奏は聞いてくださる方を感動させるものがあるので、一人で弾いているだけでは勿体無いとお伝えしました。お相撲さんも、毎日四股を踏んで稽古しているだけでは強くならないもので、土俵に上がって、勝ったり負けたりしながら相手と相撲を取ることで強くなってゆくものなのですと、とんでもない譬え話を付け加えました。しばらく私の話をじっと聞いていて、何かを感じられたようで、少し考えさせてくださいと言ってその日はお別れしました。

その後久しぶりにお会いした娘さんは、別人のようになられていました。ご縁をいただていて公の場で演奏する機会が舞い込んで、勇気を出して引き受けて、生まれて初めて人前で弾いたというのです。
それで、どうでしたかと聞くと、嬉しそうに、練習と本番がこんなに違うものとは想像もしていなかった。練習の時は間違えるとそこで止めてもう一度引き直すことができるのに、本番ではそのまま前に向かって弾き続けなければならなくて、それで演奏が終わってから、その間違った場所を聞いていた人から指摘されるのかと思ったら、聞いていた人は間違ったことなどには全然気づいていなかったようでそのことには触れず、よかった、綺麗だった、心がこもっていたと、想像していなかったような言葉を私に向かって言ってくれたというのです。
やってよかったんですね、と聞くと顔を赤らめてうなづいていらっしゃいました。
練習は積み重ねだけれど、本番の時は練習してきたことなどすっかり忘れてしまっていて、音楽は向こうからやってくるようだったというのです。
おめでとう。よかったですねと言って、次に人前で弾く時には声を掛けてくださいとお願いして別れました。

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