日曜版 2 春の信仰

2014年3月30日

すでにライラックや栃の木の新緑が吹き始め、町にある栃の木の並木通りを歩いていると自然の勢いを感じます。春はハル(張る)に因ると言われていますが、春には他の季節にない勢いがあります。そうかと思うと春独特の物憂いさというのもあり、張ったり緩んだりの調節の難しい時期でもあります。

去年の今頃は寒い日が続き、春の到来が四週間遅くれていて四月になってからも雪が降ったりしたものですが、今年は少し早目の春の訪れです。緑に色づい ている木は今のところ少ないですが、ブナ、楡、樫、菩提樹の芽が吹きだす五月になると淡い緑が美しく、森の中を歩くとまるで新緑の海の中を泳いでいる様で す。

 ドイツは北国ですから春の到来を待ち焦がれています。今はレンギョウ、こぶし、梅、アーモンドの花、ボケ等が咲き乱れるとても美しい季節です。庭の レンギョウは去年の秋にうまい具合に切り残した枝に力いっぱい黄色を輝かせています。梅も今年沢山咲いています。ミツバチが沢山飛んで、途中に霜が降りたり、雹が降ったりしなけれ ば沢山実が取れそうで楽しみです。

 

このところ晴天が続いていたので久しぶりに庭に出て庭仕事に励みました。動くと汗ばむほど温かく、しかも頼りになる助っ人がいたこともあって仕事が進みました。

庭の隅にもう10年以上枯れている直径30センチ、高さ4メートル程の桜の木がありました。人目につくこともないので、いつか切らなければとは思っているうちに10年があっという間に経ってしまいました。一人でその位大きくなった木を切るのは難しいものです。特に素人には木が倒れる方向を調節することはできません。なかなか外的な条件がそろわなかったので放ったらかしにしておいたものです。

枯れ木は山の賑わいなのでしょうが、庭にある枯れ木はやはり切らないと邪魔です。丁度助っ人が来たので二人で切りました。チェーンソウとロープで桜の木に向かいました。もう10年も枯れているのですぐに切れると思いきや、桜の木の堅さは格別でチェーンソウといえども手ごわい相手です。切り倒した桜いの他重く、以前にリンゴの木や梅の木を切った時とは全く違っていました。

 

庭仕事をやっていると鳥がやって来ます。日に日に増えている様に思います。

ここ二週間ほどの間に、日の出30分くらい前から鳥の合唱が始まりました。この合唱は今はまだおとなしいですが、これからだんだんとやかましいくらいの合唱になり、夏至まで続き、それを過ぎるとピタッと止まります。

鳥が飛び交うのを見て不思議に思うのは、彼らはどこで冬を越したのだろうということです。渡り鳥は越冬の仕方がよく知られていますが、普通の鳥はどうやって冬を越すのでしょうか。庭の木の枝に、冬に葉っぱが落ちて枝だけになるとよく鳥の巣を見つけます。その巣は外から見る限りまだ使えそうなのに鳥たちは古巣には帰ってこないようです。今年もどこかに彼らの住みやすいように作られた巣の中で卵から雛が孵っているのでしょう。

 

 

 

One Response to “日曜版 2 春の信仰”

  1. 山尾桃子 より:

    仲さん、初めまして!楽しみにブログ読ませていただいております。 今度、伊藤さんとシュツットガルトに行きます山尾桃子と申します。先日伊藤さんがメールを送りましたが、もし仲さんのご都合がよければお会いできるのではないかと、楽しみにしております。私は日本から参りますので、何かご希望のものがありましたら、是非おっしゃってください!それではまた!

コメントをどうぞ