普遍人間学(一般人間学)のススメ

2021年2月17日

この本はよく読書会の様な人の集まりで教材として用いられる本です。個人的にも何度かその様な会に出ていたことがありました。でも私が得意とする勉強の仕方ではないのでその会に出ることでこの本が理解できる様になるとは思っていませんでした。

ある時この本がしきりに気になったので読むことにしました。それまで授業で読んだり、さっきの読書会で読んだりしたのですが、まるっきし頭に入っていないのです。部分的に知識として理解したものはあったのですが、それが寄せ集められても、普遍人間学が何を言いたいのかがわかっていないのです。それで一気に読んで見てはと思いやりました。

私の初期のシュタイナー経験の一つは講演録でした。英語から訳されたシュタイナーの講演「血は特製のジュースだ」を読んだことでした。翻訳調の読みにくいものでしたが、とにかくなんでも知りたいという熱意がこの読みにくい講演録をおしまいまで読ませてくれました。読み終わった時の感想は、まるで音楽を聞いた時の様な、夢見心地でした。一つ一つはよくわからないことがあったのですが、全体として掴めるものが微かにあって、それがまるで音楽を聞いた後の様なものだったのです。

音楽は聴いている時にはほとんど向こうが勝手に素通りしてゆきます。この箇所、このフレーズはよく出来ている、素晴らしいなんて考えながら聞くことはありません。もちろん素通りでも強烈な印象を残すことはありますが、それは理解というものとは別のものです。音楽は理解しなくていいのです。

シュタイナーの講演録を初めて読んだ時もそんな感じでした。一つ一つの箇所は「なるほど」と感心しながら読んでいたのですが、理解とは別のものでした。しかし読後感は、そうしたものが寄せ集まって、手応えのある何かが残ったのです。読後の全体像から朧げながらシュタイナーが言いたいことが予感できた様です。

普遍人間学も自分で読むときはそんな風に読んできました。勉強会の時のように細切れにして。この箇所は何を言おうとしているのかと立ち止まるのではなく、素通りの様にして最後まで読んでしまうのです。できるだけ早いスピードで読みます。ただ速読術はタブーです。速読は斜め読みですが、全ての行をちゃんと読みながらの速読です。

今まで三回素通りで読みました。一つ一つは頭に残っていないのですが、全体像があります。しかも読むたびにシュタイナーの他の本も読んだので別の知識もあり、それが素通りのスピードアップにつながっていました。

今回は暫くぶりなのでどうなるのかがとても楽しみです。また報告します。

 

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