2026年1月23日
久米宏さんがお亡くなりになり追悼の意味で昔の動画がたくさんアップされています。その中に山口小夜子さんにインタヴューされたものがありました。興味深く見たので報告します。
山口さんは昭和二十五年のお生まれですから私と同じ戦後の余韻のある時代を生きた方です。だからと言って共通するものはほとんどないと思うのですが、インタヴューをうかがっていると、考え方、感じ方の基本的なところに同じ時代の空気が流れている様に思えて仕方ありませんでした。ただし世界屈指のモデルさんと乞食僧です。お話の所々に出てくる禅問答のような不思議な会話の中に彼女の人となりがうかがえて惹きつけられてしまいました。五十七歳という若さでお亡くなりになったのがとても寂しいです。
なぜこのブログに山口さんを取り上げるのかというと、彼女が日本的なものを自分と同一視していたところが、モデルという欧米の影響が強い業界で珍しく、しかもそれをりきむ事なく自然体で貫いたところに強靭な意志を感じるからです。特に信念を貫く人によく見かける、表向きの柔らかさが魅力になっているところです。剣道で本当に強い人は、相手に隙があるように見えるものだと聞いたことがありますが、まさにそんな感じです。どこから打ち込んでも一本を取れそうなほど、一見スキだらけなのです。
久米宏さんの巧みな話術と見事に絡み合っていて、質問をする久米さんもタジタジになる時があるほどの話術を持っているのには、天性の素質を感じます。そなことを勉強したり、習ったりしたのではないところが、生々しくて魅力です。
久米さんに、奇抜な服をどの様に着こなしているのかと聞かれても、服に聞いています、とやんわりと躱してしまうのです。こうしようと思ったら拘りになりつまらないものになってしまいます、という事の様です。側から見ると大胆に見えるのに、本人はそんなつもりはなく、さらりとやっているだけなのが魅力の源泉なのかもしれません。
こんなに期待はずれの答えを返してくる相手はいないという様な顔を久米さんがされているのも一興です。よく散歩をされるそうで、時には何時間も歩くことがあるのだとき。そんなことを久米さんが聞かれて驚かれていました。飽きないのですか、疲れませんか、外を歩いていて目立つのでは、という様なことを聞かれると、まるで素っ頓狂な返事です。私目立たない人間なのです、とさりげなく躱すのです。ここが山口さんの原点の様です。表見は目立たない人が、実は一番存在感を持っているものなのです。偉そうなハッタリを口走る人ほど周囲からは軽く見られているものなのです。政治家によく見られます。ただ本人は気づいていないことが多いですが。
自分で育てた自分が一番強いという事の様です。山口さんはの生き方にはその強さがありYouTubeからでも伝わってきます。天才は道なき道を歩む人ですから、山口さんはまさに自らの道を行き、歩いた後に後世の人たちのために何かを残しているのでしょう。山口さんが残してくれた宝はなんなのでしょう。捉われない自然体、予め決めないこと、先入観を持たないこと、そこから生まれる存在感、そして無限大の可能性。相当直観の強い、どこかでやんわりと悟っていらっしゃる方の様です。
2026年1月22日
ドイツと日本でしか生きて来なかったので、生活に密着した食生活と言うとこの二つの国のことになります。他の国の食べ物については旅行で行ってホテルや外食で食べるだけで、その国の食生活と言えるものに触れているといえばいえないこともないのでしょうが、深みはないです。もちろん表面的にはいろいろな違いがあって、食べる食材、調理方法などの違いは伺えて楽しいのですが、生活に密着していないという点からすると、その国の人が食事しているものを食べているとは言い難いと思っています。食生活をうんぬんするとなると、やはり毎日その土地で、しばらく食べてみないとわからないものだと思います。人間関係もよく似ています。もしかすると全く同じかもしれません。知り合っただけの時は他人ですが、お付き合いが始まりだんだん長くなってくると、初めの時の印象とはずいぶん違つてきます。他人からだんだん知っている人になって行くのですが、その変化は微妙です。そこで初めて気付かされることになるものが山ほどあります。
恋愛の始まりは一目惚からです。一目惚れと言うと色気のあるものですが、哲学、宗教がいう直感です。無駄なものが削ぎ落とされていて、本質に近いところまで一瞥しただけで到達してしまう素晴らしいものです。ですから一目惚れと言うのは、いろいろな状況で活用されていいものなのです。例えば会社の面談などでは、履歴書などよりは、面接に来た人の顔をじっと目見て直感から得たものの方が確かなことが多いものです。
日本的にお見合いなどする時には、相手方の人のことが詳しく調べ上げられたりしますが、その資料からその人のことがわかる部分もあるのでしょうが、やはり実際に会って直感がものを言うほどの距離にいて初めてその人とのお付き合いが始められるかどうかを決められるものです。しばらく付き合って、直感で感じたものから離れ経験の世界に入ると、今度は日常的な雑多なものがつきまとってきます。そのあたりで一緒に生きて行けるかどうかの判断が下せるのです。しかしわかったとは言ってもまだ他人です。結婚して生活を共にするようになると他人が他人でなくるわけで、深く人間関係の層に入って行きます。人間関係は何層にもなっているのです。
その層と言うのは玉ねぎの様なもので何枚剥いても同じ事の繰り返しで、深いところまで行っているのに普段は気が付かないものです。何層も剥いてしまうと最後は玉ねぎがなくなってしまいます。なくなったら悟りの様なものです。全部剥いたら玉ねぎで無くなってしまうわけで、玉ねぎを美味しく頂くのは皮むきをしている途中と言うことになります。悟ってしまうと、味も素っ気も無くなってしまいます。悟ったら、老子が無味の味という様なものの世界に入ってしまうのでしょうか。
私が成田からドイツに帰るとき、早い飛行機の時は空港近くで一泊していました。その時は決まって空港の近くのホテルではなく、成田という駅のちかくに宿を取っていました。そこは成田山新勝寺がすぐ近くにあって、朝の清々しい時間帯に散歩ができたからです。夜もたくさん地域に根付いた飲食店があり、それも楽しみでした。ある朝、本堂の階段を年老いた夫婦が寄り添って登っているところに出くわしました。普通に朝の挨拶をして、「お参りですか」と尋ねると「先日四国八十八ヶ所から帰ってきて今日はその報告に来ました」という返事でした。朝の清々しさに負けず劣らずお二人からの雰囲気は清々しいものでした。九十歳と八十八歳のご夫婦でした。人生のいろいろなものを味わい尽くした清々しさの様なものを感じ、ふとその時、悟りとはこの様なものなのだと頭の中をよぎったのです。
生活に密着した悟りもある様な気がしている今日この頃で、毎日の食事を楽しんでいます。
2026年1月21日
最近聞いた話で興味深かったのは、日本の小説が英語にたくさん翻訳されていて、イギリスの本屋さんに、日本文学という枠組みでなく、普通の小説として並べられているということでした。そして売れ筋ベスト50の中の23が日本の小説だそうです。興味を持ったどころか驚きでした。
毎年ノーベル賞の発表の時期になると「今年こそは村上春樹がノーペル文学賞か」と話題になる村上春樹をはじめ、三島由紀夫、太宰治、川端康成、谷崎潤一郎、芥川龍之介の作品が英訳されて、ずいぶん読まれているという話は聞いていたものの、日本の小説が英語圏に深く浸透していたのです。
最近の特筆すべき傾向は女性の小説家の作品が主流になっていということです。七対三くらいだそうです。ジェンダーフリーを主張する人には、男の小説、女の小説などと区別するのはおかしいということなのでしょうが、女性の小説には常にしか書けないものがあることを無視する必要はないのです。男の筆と女の筆は全く違う持ち味を持っています。ごちゃ混ぜにするのは文化への冒涜です。女性の感性が今の時代には求められているという証でもあるようです。
最近日本の小説がよく読まれるようになったのは、ひとえに翻訳への関心が高まってきていて、優れた人材が翻訳に携わっているからです。川端康成がノーベル賞を取った時に「半分は翻訳をした人にあげなければならないですよね」と三島由紀夫、伊藤整との対談で言っていたのを思い出します。日本の文学は源氏物語からの底力を持ったものなのですが、世界で読まれるためにはそれが翻訳されなければならないわけです。最近は翻訳する人への位置付けが変わってきているようで、正当に評価されていることは嬉しいことです
翻訳に関して、数年前にノーベル文学賞を取ったカズオ・イシグロ氏は興味深いことを言っています。「最近の若い文学者たちは、翻訳を意識し過ぎてしっかりした母国語で書くことを恐れていて、英語特有の言い方は他の言葉には翻訳されにくいと感じると易しい翻訳しやすい言葉を選んで使う傾向があると」と指摘していました。本来文章というものは分かり易いと言うことだけがいいのではなく、山あり谷ありの複雑な景色が美しいのに、平坦に慣らしてしまってはせっかくの景観が台無しになってしまいます。コーランというイスラムの聖典は「翻訳されたらもうコーランではない」とも言われていほどですから、翻訳によって失われるものがあることも知っておく必要があると思います。
しかし日本に自然科学の分野でノーベル受賞者が多いのは、日本語に世界のその分野の最新情報が翻訳されていて、日本人は母国語でそうした資料を読み、日本語でさらに深めることができるからだと言われています。こうすると翻訳が大きな仕事をしていることになります。ただ自然科学の翻訳と文学の翻訳とは一括りに語ってはいけなものだとは思いますが。百五十年ほど前、開国当時の日本はまさに翻訳が花盛りの時期でもありました。その末裔が今の日本です。グローバルと言う考えが蔓延している中で翻訳という恩恵と危険性とを色々と考えさせられてしまいます。