自動詞的人生観

2024年3月15日

人生への心構えというのは、しっかりと目的を持って生きると言うのが普通です。仕事につくのに必要なたくさんの資格を取って、ということです。目的もなくぶらぶら生きてはいけないということなのでしょうが、ここではちょっと異議申し立てをしてみようと思います。

タイトルの自動詞というのは文法用語で、動詞を説明する時のもので他動詞と対比されるものです。欧米の言葉には自動詞、他動詞という区別が必ず見られます。ところが自動詞と他動詞の違いを説明するとなると大変で、こんがらがってしまいものなのです。うまく説明できないのです。

他動詞だけ説明するのは簡単と言ってしまえばまだ簡単です。というのは他動詞には必ず目的語があるという単純な理由からです。食べる、飲む、見る、聞くなどは「何を」と言う目的語が、必ずきます。行為の目的です。

ところが自動詞にはこの「何を」が欠けています。言うなれば、動詞なので行動を説明しているはずなのですが、肝心の行動の目的が見つからないのです。立つ、歩く、寝るなどです。

ここで申し上げなければならないのは、日本語は基本的にこの区別が曖昧だということです。したがって日本語しか使っていない人には、この違いが見えにくく説明するのが、欧米の人よりも難しくなります。ここだけは覚悟して読んでください。

 

みるというのは「何かを」みるというふうに普通は使います。信号をよく見て、とか、横断歩道を渡る時には左右を見て、というふうにです。

ところが目の手術をして目に包帯を巻いたとします。数日後包帯が解かれた時にお医者さんが「見えますか」と聞かれた時の一瞬は、何かを見ているというより、見えるかどうかが聞かれているので単純に「見えます」という答えになります。そしてその次にお医者さんが目の前に人差し指を出して「何が見えますか」と聞いた時には「先生の人差し指が見えます」と答えます。

見るはこれではもう立派な他動詞ですが、「見えます」と答えた最初の瞬間は何か具体的なものを見ているわけではないので、見えるという、光を感じているという基本的なところが問われています。こういう状態が自動詞的です。何も見ていないというふうにも言えまずが、全体を見ているとも言える状態です。

 

他動詞的に生きるというのは目的を持ってということですが、自動詞的に生きるというのは、少し違います。何もしていないのか、全部を見ているのかという生き方です。ぼんやりしているようで全体を見ているというわけです。目的を追い求める生き方ではなく、直感的なとも言える生き方です。他動詞的は男社会の根底をなしたもので、自動詞的にというのは女性的なものなのかも知れません。

社会全体がこのような生き方をする方向にAIは人間を向かわしめるのかも知れないなんて考えるのです。

独学の時代

2024年3月10日

かつての天才と呼ばれている人たちは独学から生まれた天才でした。師と仰ぐ人はおらず、また前例のないものに向かってひたすら、黙々と励んでいったのです。協調性はなく社会性もなくと言った一般的な視点からは望ましくないものなのですが、そうした天才が歴史を前に進めていったのも事実です。絶対数からすれば少数派です。しかしこの少数派がAIの時代には裾野を広げるかもしれません。

AI、人口知能は人間に歯向かって来る怖いものように言われているようですが、対立でしか考えられない西洋思想から見るとそういう縮図が浮かんでこざるを得ないのでしょうが、それが惟一だとは思いません。私は、かえって今まで隠れていた人間の姿が明るみに出てくるような気がしています。

天才は教えられたことを学ぶ人種ではなく、とことん問い詰める人で、いつまでも問い続けられる人です。問うことで解を引き寄せる才能の持ち主と言えます。

しかし問うと言っても漠然と質問することはなく問いの中に解が隠れているような問いですから、そこにすでに天才の先天的な閃きが感じられるのです。

私達のこれから向かう未来は今言った天才型の子どもが生きやすいところであってほしものです。解に飢えた子どもではなく問うことにワクワクした子どもに溢れたところでです。

問うことの上手い子どもが伸び代を持った子どもと言うことです。

終わりと始まり

2024年3月9日

今回の日本旅行に際しては色々な思いが錯綜していました。我が家の事情などを含め「最後の日本での講演旅行」になることをまずは考えていました。それとは別に、今までコロナの間のロスを含め三十年もの間各地の皆さんと一緒にお仕事をさせていただいたことへの感謝の気持ちを伝えたいとことも含めてでした。

そのことは予めお伝えしておいたことなのですが、各地で最終回と思って講演や声のワークショプをすると、皆さん口々に「次はいつですか、来年またお願いします、また来ていただきたいです」などと、私の告知しておいたことなど全く知らなかったようにおっしゃるのです。

正直それには驚きました。しかし同時に皆さんが私との仕事をそこまで評価していてくださっていたのかと思うと嬉しい気持ちの方が優っていたのです。

 

現実には日本とドイツの間の飛行機旅行が昔とは違って大きな負担になっています。飛行時間がほぼ二時間長くなりますから、最後の二時間の機内での疲れは厳しく、さらにその後の時差を取り戻すまで長い時間がかかり今までとは全く違います。疲れが取れないのです。旅行自体が大変な上に、今まで拠点としていた実家がなくなるとなると、拠点がなくなりますから、日本国内を移動するときなど、荷物の整理や、洗濯などを考慮すると、今まで以上の仕事量が加算されてしまいます。若くなって行くのならまだしも、一年一年歳を重ねますから、健康面での不安もあります。

旅行以前に下した「今回で最後にする」という決断はそれ自体半ば必然的な物だったのですが、実際に各地を動いて得た感触からすると、現実はかなり違った物でした。三十年続けた今までの講演旅行という形に一線を引いて、とりあえずは終止符を打ったに過ぎないものだという手応えの方が強いのです。

 

終わった後に始まりがあるというの本当なんだと感じています!

 

今後まだどの様なものになるのかは未知数ですが、私自身、見た目ばかりではなく、中身も日本人である訳ですから、日本でたくさんの方とお話しできることはこの上ないことで、そこから沢山力を得ることができます。飛行機による旅行と言う過酷な手段からの疲れと、日本の皆さんから貰える力とが今は私の中で格闘しています。