病むと止む
現代は多様化したセラピーの世界が繰り広げられています。どのくらいのセラピーがあるのか数えたことはありませんが、相当の数と種類のセラピーがあるはずです。それだけのセラピーが必要とされるくらい現代人は病んでいるということなのでしょうか。
病気が増えたというより医療の進歩により昔は分からなかったことがわかる様になったためでず。現代数えられる病名は三万くらいあり、これからも医療が進むと、皮肉なことに病名が増えてゆくのです。病気が増えたのではなく病名が増えたということの様です。
病気というのは、望まれざる客の様なもので、できれば一生健康でいたいのが誰もが望んでいるところです。現代は病気になったら治すものと考えます。病気は問題児扱いです。治療というのは解決の道ということでもてはやされるわけです。
病気というのは機械の故障とは違います。治すとは言って修理ではないの簡単なものではないのです。病(やまい)は気からと昔の人は言っていました。心の有り様が病気の原因だと考えたのです。つまり病気というのは肉体的な故障と見るのではないことになります。むしろ心に原因があると見ていたのです。
ここが病気の難しいところなのです。若い頃に大病を経験しているので、健康、病気、治療というものをずいぶん考えさせられました。病気を治療で治すという一直線では考えなくなっています。つまり治すとか治療というのは簡単なものではないというのが私のスタンスです。
病気は病むともいいます。病気は体だけが病んでいるのとは違います。病気になった時、体はどうすればいいのでしょう。体のすることは今までのことを止(や)めることです。病むは止むということです。今までの流れがそのまま続いていけばそれに越したことはないのでしょうが、いつも順風に乗っていられるものではないのが人生です。人生の中に滞りが生まれ、しこりが生じると心が病みます。そして病んだ心は体にも影響します。その時体がすべきことが「止む」と言って、今までやってきたことを止めることなのです。もしかしたら心の中でいつか止めたいと思っていたのかもしれません。しかし自分では止めると言い難く言えい出せないでいた時に、病気になることで今までのしこりなりなんなりを止めるきっかけが作られるのです。大病をした後人生が変わった人の話しはよく耳にしますが、病気が転機になったということの様です。
病気を治すということは悪いことではありません。むしろ病気と真正面から向かい合うことは大切なことです。しかしそのために大量の薬を飲んだりしているのが現代の治療だとすけば、それは考える必要があるものです。病気と向き合うというのは医療的に治療することだけではないからです。病の原因は心の中に、つまり気の中にあるのです。そこに滞りがあるのです。滞ったものを元のように流れを良くすることです。
私の個人的な経験でいうと、頭を空っぽにすることに努める様になって健康が回復した様な気がしているのて、病気が治ったとは考えていません。きっと病気どこかに燻っているのかもしれまん。それでも普通に健康に生きています。






