絵画的音楽

2026年6月1日

小さな子どもが描く絵を見ていて思うことは、その絵からはその子の成長が今どこにあるのかが見えているということです。例えば、まんまるに描かれた顔らしきものから直接に両手両足が出てきていたり、電車を描いているのに線路は空中に浮いていて地面の上を走っていなかったり、それらは想像力で描いているというよりも、自分自身を、自分の成長の様子を忠実に描ているのだと思います。絵画というのは画家自身の内面を描くものということでもあるのかもしれません。数多の著名な画家たちの絵をそいう観点から見直してみるのも、楽しい絵画鑑賞になるかもしれません。
音楽はどうだろうかと考えると、絵画の時とは随分違うもののような気がします。音楽の作品の中に作曲家の内面が表現されているのかどうかと言うことです。確かにそう言う作品もあるような気がします。ベートーヴェンという作曲家の作品は彼の心の中を理解することで作品が深く味わえるものがあります。
音楽を時代で区分する時にルネッサンス、バロック、ロココ、クラシック、ロマン派という言い方がされますが、音楽作品と作曲家の心の結びつきに重きを持つようになったのは、ベートーヴェン以降ロマン派の音楽からと言えます。それ以前の音楽は作曲家の心の状態というよりも、音楽のミューズが作曲家を通して降りてきたものという感じです。
音楽作品を聞いていて、作曲家の心の葛藤に出会うというのは、純粋に音楽的というよりも音楽の誕生が絵画的だと言っていいような気がするのです。絵画を見る時には画家の心の投影と思いながら見ると、その絵の面白さ、深さが味わえます。その中で画家のスタイルというのは少し違っていて、不思議と画家の内面の葛藤というよりも音楽かのように向こうからやってきているような気がします。ミツバチマーヤの絵本やファーブルの昆虫記の挿絵などを描かれた熊田千佳慕さんは「私のスタイルは神様から授かったものだから、それをお金儲けに使ってはいけない」と言って生涯貧しい生活をされていました。熊田氏の絵はどこか天から降ってきたような透明感を感じのするもので、音楽的な絵画と言っていいのかもしれません。
絵画の世界に音楽的なものがあるように、音楽にも絵画的なと言っていいものがあるように思います。特に自己主張の強い音楽は作曲家の内面が反映しているの絵画的です。作曲家の心の内を特に強く感じるのは現代音楽と呼ばれている作品です。心というよりは頭脳、知性といったものの反映したもので自己表現を表しているような気がします。つまり絵画的ということです。作曲家がミューズの媒体となって音楽が降りてきて作ったというものとは少し違うものを感じるのです。とても作為的なところも特徴です。その原因が、絵画的という傾向にあることに気づいて聞き直したら自分では納得がいったのです。音楽的音楽というのはベートーヴェン以降は少なくなったような気がします。

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