箸の持ち方
初めての方とお食事をしていて、相手さんの箸の持ち方が気になることがあります。直接的に言ってしまうと食べ方より箸の持ち方が美しくないとがっかりしてしまいます。そんな小さなことにこだわらなくてもいいではないですかと言われればそれまでですが、私にはブラウスやYシャツのボタンを掛け違えているくらい違和感のあるものなのです。
子どもの頃から大人の人たちの姿、立ち居振る舞いが気になっていました。立っている時の姿勢、お辞儀の仕方から多くの事を学んで居たようです。立派なことを口にする方でも、今言った基本がズレている大人は尊敬の対象外でした。 美しいお辞儀をされる方に出会った時は身も心もスッキリしたのを覚えています。
何かの折にサインをされる時もよく似た印象を持ちました。昔はお習字で筆の持ち方が学べたのでしょうが、ボールペンを使うようになってからはペンの握りがおかしいです。私は個人的に付けペンや万年筆の復活を願っています。確かに筆圧のかけ方が違うことと万年筆のように斜めに書いてはインクを出すための、芯に入っている小さなボールが回りにくくなるので、ペンを立てる必要があるのでしょうが、そのために指が絡まったような握りは必要ないと思います。何よりも見苦しいです。
エレガントというものなのでしょうが、今日の実用的なことが優先する社会では無用の長物になってしまっているのかもしれません。しかし文化というのはそういう小さなところにその文化の一番濃いところが宿っているのではないのでしょうか。実用的になってもそうしたところは大切にしたいと思います。
孫との筆の時間の話に美人の顔面偏差値という素敵な言葉でコメントを下さった方がいて、いい言葉だなぁーと思って読ませていただきました。顔面偏差値より箸の持ち方、ペンの持ち方偏差値の高い方が魅力があります。
孫娘とは初め小筆で書いたのですが、すぐに中筆で書いてもらいました。筆の持ち方にとても興味を持ってくれたので、しばらく書いてゆくうちにだんだん一番書きやすい角度や握り方を自分で見つけてくれそうな気がしています。彼女たちの一番の楽しみは自分で墨を擦って、その墨で字を書くことのようでした。ゆっくり墨を擦りながら日本のディープなところを感じ取ってもらえたら嬉しい限りです。






