演奏の癖とその克服のために
中古の楽器というと聞こえは悪いですが、特に弦楽器は車など違って、何百年前のバイオリンが数億円するという骨董的な価値を生み出すこともあるのです。名工が作ったものになると決まって高額で取引されます。
ピアノはそういうことがなく、古くなると安くなります。
ライアーの場合はどうかというと、やはり安くなります。ただいい状態で残ったものに関しては、下がり具合が少ない傾向にはありますが、バイオリンのような骨董的な付加価値がつくことはありません。
先日から人様のライアーをお預かりしています。楽器が悪くなったというのではなく、最近いい音が出なくなったので私に弾いてもらおうと思い立ったのだそうです。高い施術量を請求しますよと驚かしておきました。
前がどのような音で鳴っていて、今どのように変わったのかを尋ねても、具体的な話にはならず、昔の音に戻してもらいたいというだけなのですから、正直何をしたらいいのかわからないままお預かりすることになりました。
楽器というのは弾き手の癖が乗り移ります。ということでまずは弾いてみてどんな楽器なのかを耳で確かめることにしました。私の経験からしてもそのライアーの響きは硬いものでしたから、そのことをいうと、音が気に入らなくなってからはあまり弾かなくなっていましたということで、さもありなんと納得したのですが、弾き込んでゆくと他にも気になるところができました。弦のしなりがないのです。指で弦を弾くところ辺りは弦が柔らかく揺れるのですが、少し離れると弦が揺れていないのです。ただ素人の見た目には弦は弾かれたときに震えるものですから、揺れているように見えるのですが、私の感触からはたっぷり震えるというものではないのです。私のライアーと比較すると、私のは弦全部がしなやかに揺れますから、ゆったりした音が出ます。しかも弦全然が鳴るようになると音に落ち着きが生まれ、大きな音でも静かに響きます。お預かりした楽器の弦は弦の真ん中あたりの指が触れるところあたりしか鳴っていないのです。
ライアーは指で弾けばとりあえずは音が出ます。そこに安住して弱い指の力でポロンポロンと弾いていたようなのです。初めは新しい弦でしたから前の人の癖なども全くなかったので、新品の弦は均一に鳴っていたのだと思います。それが真ん中だけがなるように弾かれてゆくうちの、それが癖として定着してしまったのではないかと考えました。弾けば弾くほど癖が弦に染み付いてしまったようなのです。そして私のところに来るときには弦がその癖からの音しか出せなくなってしまったのです。つまりいい音が出なくなってしまったのです。
ライアーだけでなく、弦が張られている楽器は、弦全体が鳴るように弾かないと弦に良くない癖が乗り移ってしまいます。昔リヒテルというロシアのピアニストの演奏会で貴重な体験をしました。彼が弾き始めたときに、ピアノの弦が端から端まで鳴っていたのです。当たり前のようで当たり前ではないのです。それがわかるような音だったのです。それに感動しました。そしていい音で弾くというのは、小手先の技巧ではなく、弦に忠実に向かい合って弾くということから生まれるものだと気付かされたのでした。それ以来弦全体が震えるように弾くようにしています。
実はそのためには案外指の力が必要なのです。ですからライアーを弾くためにはまずは指の力を鍛えないといけないということのようです。私は中高と陸上競技部で三種競技をやっていました。走る、跳ぶ、投げるで競うものです。走るは百と二百メートル、跳ぶは走り幅跳び、そして投げるが砲丸投げでしたから、そのために腕立て伏せならぬ、指立て伏せをさせられました。指立て伏せを二十回、三十回して指を鍛えたものでした。全盛期は五十回くらいは平気でやっていました。同時に背筋も鍛えられました。そのときに鍛えられた指の力、背筋の力が、現在ライアーを弾くときに大いに役立っているのです。
例えば、若い女性がライアーを弾きたいですといらっしゃったとします。そのときに、「では指立て伏せからはじましょう」なんて言ったら、その場で嫌な顔をされて帰られてしまいますから、なかなか言えないことなのですが、指の力がないとやはり弦を弾き切れないので、厳しいかもしれませんが指立て伏せで指を鍛えないとというのはシビアな現実なのです。ところが、音楽をやりたいと来る人に体育会系の訓練をお願いするなんて、あまりに突飛押しもないことのように受け取られてしまうのでどうしても口憚ってしまうのです。
指立て伏せ以外に指を鍛える方法を知っていらっしゃる方がいましたらぜひ教えていただきたいのです。音楽に憧れるか弱い女性でも楽しくできるような練習方法をです。しかも長続きするような練習方法をです。お願いします。