超スローテンポでフルートを吹く

2018年1月15日

先日You Tubeで息の長いフルートの演奏に出会いました。フルートは息の流れで音を作りますから、ライアーとは違い超スローの特性がリアルに体験できます。聞いたあと目の前の靄が吹き払われていました。フルートの音がこんなに心をときめかせてくれるなんて珍しいことで、多くの方に是非この演奏を聞いていただきたいので紹介します。

Glick-Melody from Orpheus for flute and organ. wmv

 

邦楽では龍笛、能管、篠笛そして尺八などで呼吸の長い演奏に出会う機会があります、ところが洋楽、西洋音楽ではなかなかというよりほとんど出会えません。そんな中での出会いでしたから喜びは一層でした。

初めて聞いたときにはフルートでもできるんだとただただ感心して聞いていましたが、聞き終わってしばらくしたら深い感動がこみ上げてきました。フルートで超スローなテンポを取るのは技術の問題もさることながら、音楽感性と何よりも勇気の問題でもあることに気付いたのはしばらくしてからのことでした。

モスクワでの演奏会となっていますからロシアの演奏家でしょう。演奏していたのはグルックのオペラからの、よくメロディーと題されて演奏されているものです。

 

西洋音楽の世界でもたまにはスローな演奏には出会えます。しかし超という字がつくときは大抵反対の超絶技巧や超スピーディーです。西洋音楽の世界で超スローが稀なのはちょっと不思議です。超スローはタブーかもしれません。まあそんなこともないのでしょうが、それを良しとする文化的な基盤がない、これだけは言えそうです。

 

私が尊敬してやまないピアニスト、スヴァストラフ・リヒテルはそんな中で例外的にスローの意味と真っ向から取り組んだ人でした。彼にしても初めからそのような演奏スタイルではなく、若き日には超絶技巧を駆使し、世界中を飛び回ってバリバリの音楽会をしていました。70年代に入ってからシューベルトを本格的に弾くようになって彼の中に異変が生じます。私はシューベルトがターニングポイントだと思っています。単なるスローではなく超スローでシューベルトのピアノソナタを弾き始めたのです。当時はレコードの時代で、針を落として音が出てきたとき、回転数を間違えたかと思ったほどのゆっくりさでした。目が点になるというか耳が釘付けになったのを覚えています。

リヒテルの超スロー演奏はただのんびりゆっくりというのとは話がちがいます。音そのものが変わってしまうのです。ピアノの音は明るいオーラに包まれ空間に広がって行きます。しかも今聞こえている音の向こうからもう一つ音が聞こえてくるのです。レコードで聞いても体験できるほどでした。超スローな演奏は演奏時間の問題で片付けられるものではなく、もっと深い、今の演奏常識からは想像もつかない次元の世界への道なのです。

 

リヒテルのことは以前にも書いていますし、また近いうちに書くつもりでいるので、ここではフルートで超スローなデンポを聞かせてくれたMitryaykinaさん(なんと発音していいのかわかりません)に話を戻したいと思います。

ゆっくりだと感じるのは出だしのところくらいで、その後は彼女の演奏に引き込まれてしまいます。伴奏はフルートのテンポがゆっくり過ぎてピアノでは難しいのでしょう、オルガンでした。演奏が終わると大喝采ではなく、一人の男性の声でブラボーが聞こえます。そしてその後暖かな拍手が鳴り響いていました。ロシアでは受け容れられるテンポのようでした。

リヒテルもこの女性もロシア人です。これは偶然ではなく、ロシアの血の中にスローテンポを肯定するものがあるのだと言うことです。ロシアにある東洋の血なのかもしれません。ということは、少し大風呂敷を広げると、ロシアは東洋の超スローの精神を西洋に繋げる役割を担っているということになるわけです。ヨーロッパの人たちにとってロシアは、日本から見るのとは違って、ヨーロッパと東洋の両方を持ち合わせている民族と映ります。そのロシアの血を持った二人の音楽家が、タブーを破って?超スローな演奏に真っ向から取り組んでくれたのです。

もちろん邦楽の超スローとは違います。呼吸の流れも滑らかに流れるヨーロッパスタイルです。ところが、彼女の演奏に初めて接したとき、グルックを尺八で吹いている様な印象を受けたほどでした。

この演奏は、すばらしい、珍しいという次元のものではなく、西洋と東洋の橋渡しを果たした文化的遺産だと思っています。

 

しかしなぜ超スローは東洋に見られるのに西洋にないのでしょう。この問題にいつかゆっくり取り組んでみるつもりです。今はただ、そこに精神的背景、意識の問題が潜んでいることを指摘するに留めておきます。

 

超スローでライアーを弾いているとき、今という垂直な時間軸は静かに、周囲にほとんど気付かれないように移動しています。止まっているように聞こえると言う人もいるかもしれません。しかし時間も音も移行しています。一つの音から次の音へと動きます。時間軸の移行です。音楽の静けさはここから生まれるのです。

リヒテルのピアノに聞いたオーラに包まれた音、もう一つの音は、音と音との間から聞こえてきていたのです。普段はどこかに隠れている音で超スローの演奏の時にしか聞こえない別次元の音なのです。

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