賀正

2020年1月2日

明けましておめでとうございます

今年の干支は子ですから、干支としては振り出しに戻ったわけで、新たな始まりと言えるのでしょうか。予想もつかない新しいことが起こるような予感がします。

一ヶ月以上ブログを休んでしまいました。

体力的に文章をまとめる力が無かったので、書き始めたものばかりが下書きにのこってしまいました。

新年を迎えその書きがけに手を加えるのではなく、気持ちを新たにブログに向かいたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

仲正雄

 

イジメとは

2019年11月17日

イジメはもうずいぶん長くジメジメと社会に巣食っている現象です。特に学校社会でのことなのですが、未だ手だての方法が見つかっていないようです。ニュースではいつも事件発生後の、ほとんどが被害者の自殺、学校側の謝罪の場面が報道されます。

イジメの精神というのがあると思います。これは精神で、実はとても深く人間に根ざしていることを認識しなければ手だての方法は見つからないものです。どのくらい深いかというと愛と同じくらい深いものですが、愛の方が少しだけ深いので、手だてとして考えられるのは愛しかないかもしれません。

いや、愛だけでしょう。

 

さっき駅で「痴漢は犯罪です」というポスターを見ました。混んだ電車の中の痴漢行為、よく話題になるお酒を飲んだ乗客が飛行機の中でアテンダントのお尻を触るという行為すら犯罪視するのに、イジメは見て見ない振りをして野放図です。イジメだって同じく犯罪だと思うのですが社会はイジメに対していたって「おおらか」と言いたくなるくらい野放図です。学校は勉強しに来るところなので、イジメ対策は先生への義務でないかのようです。

ただ、痴漢を犯罪視しているにも関わらず痴漢行為はいまだに根絶していないところを見ると、イジメを犯罪視しもそれは決定的な手だてではないのかもしれません。

 

教育者こそそこに気付いていち早くイジメに対応して欲しいのですが現実は教育者の集まりの場でイジメが増殖しています。それでも野放図なのです。知らん顔している学校なのですから、学校を教育の場と考えることが間違っているのでしょうか。

もっと激しく言います。今日の学校教育の根底を支えているのは子供の成績だということです。その現実を見る限り学校は教育以前のレベルのもので、教育の名に価していない、と。

 

 

現代社会はお金中心に回っています。お金は大事なもので、人々の暮らしを幸せにするものですからいつの時代にも大切に扱われたものです。ところが今の時代ほどお金が人々の幸せと切り離されたことはないのです。

お金は空回りして、人々の生活、特に幸せとすっかり離れたところにいます。お金があっても幸せになれないどころか、お金があるから幸せになれないという事態すら生じています。お金のない国の子供達からは幸せという言葉が聞かれても、お金のある国の子供にとって幸せは蒸発してわからないものになってしまったのです。

 

幸せを知らない子供たちとはなんなのかというと、満ち足りていない存在です。満ち足りていないわけで、欲に振り回されて、もっともっとの世界をさまよっているのです。地獄のようなものです。成績もお金も、もっともっとの世界の写し絵です。本来成長というのは、欲とは無縁のもので、決して欲の反映したものではありません。成長というのはもっともっとではなく、今を満たしなが進んでいるもので、お金の世界で使われる「成長経済」という時の成長は、欲に裏打ちされた詐欺的に仕組まれた錯覚で、成長とは関係のない巧みに仕組まれたもっともっとなのです。

 

本当の成長のことを知れば・・、イジメから少し遠ざかれるような気がします

私のライアー

2019年11月14日

今年の秋は久しぶりにライアーを弾き手応えを感じました。

自分でも弾かないで弾くことに近づいて来たかなと感じています。

以前は私の演奏している時の指遣いを見て「ただ弦を触っているだけ」と感じられたようです。ところが今年はその指遣いから生まれた音楽を「ただ無心に水が流れているみたいですね」と聞いて頂けました。

初めてライアーのCDをリリースしたときタイトルは「光の波紋」でしたが、イメージしたのは水面に広がる波紋でした。と言うことは当時既に水の流れ、水の動きを意識していたわけで、現在はその延長にあるに過ぎないことになります。

今年の反応はいつも以上に私を励ましてくれました。「仲さんの音を聞いていると私が溶けて無くなってしまったようでした」といった感想が多かったからです。

それこそが私が願っているライアーの音なのです。私はその音が出したくて今日までライアーを弾いてきたのです。その音になんとか近づいていることが確認できて幸せでした。

十月から十一月にかけて今年も各地を周りました。

私の会を催してくださった皆様に心から感謝いたします。有難うございました。