何故シューベルトのピアノソナタを聞くのか

2019年5月21日

私はシューベルトのピアノソナタの様に生きたいと思うことがあります。

そうです、まさにシューベルトのピアノソナタの様にです。

私が感じる日常性にこんなに近い音楽は他にないからです。

日常の思いから生まれた、人間の本質が響いている音楽だと感じているのです。

 

私が言いたい日常とは、聖と俗の混ざった時間と空間のことです。そして日常性とはそこに去来する様々な思いのことです。日常というのはあまりに身近すぎるためなのか、とらえにくいものです。そんな中でまず言えるのは「平凡だ」ということです。「特殊な、特別な」というニュワンスから一番遠いものだということです。

平凡な俗っぽさと同じ様に見えるのですが、よく見ると日常空間は意外と複雑で、例えば高貴と低俗、善と悪が複雑に入り乱れているところです。単なる俗と違うのは日常は淡々としているということ、そして屈託のないところです。あるがままという、悪く言えば刹那的なところも特徴です。

その日常には様々な思いが去来しています。極上の聖性から極悪な欲までが日常にはあって、その間を時計の振り子の様に揺れています。こうした日常が日常生活を作り出しているのですが、その日常を一番深く生きているのは外でもない母親でしょう。

私はこうした日常、日常的なあり方が大切だと感じています。普通であることの安心感が日常にはあって、唯一私たちの居場所にふさわしいところです。しかし世の中を見渡すと一番目立たないものが日常で、逆にそれゆえに興味が湧いてきます。

 

こんな日常とシューベルトのピアノ音楽が私の心の中でシンクロします。

私が十代の頃、日本でシューベルトのピアノ曲といえば二流品扱いで、そんなものをコンサートのプログラムに入れる人はほとんどいませんでした。レコード業界もその考えに同調していて、レコード店のシューベルトのコーナーはどの店も閑散としていたものです。たまたまあっても有名な未完成、冬の旅などが2枚か3枚、それでも置いてあればいい方という状況でした。

その当時ウィーンにピアノで留学した日本の人から後日談として聞いた話しを、この文章を書きながら思い出しています。その方は、ある日教授から「シューベルトを弾きましょう」と言われてびっくりして、とっさに「そんな二流品はいやです」と答えたのだそうです。日本の音大ではそういう扱いだったのです。すると教授は逆にびっくりしてその方を見つめ「シューベルトは音楽の本質です」ときっぱりと言われたそうです。そして渋々と練習に入ったのですが、学生時代に植え付けられた先入観を壊すことはできず、ウィーンにいながらもシューベルトはずっと苦手な音楽家だったそうです。その人曰く、ソナタとは言ってもただ流れているだけで、形も無く、何が言いたいのかわからないので、今でも弾く気になれないということの様です。

 

シューベルトのピアノ曲が頻繁に演奏されるきっかけを作ったのはロシアのピアニスト、スビャストラフ・リヒテルです。彼のレコードが話題になったからだと記憶しています。それはあくまで日本のことで、本場のウィーンを始め欧米諸国ではしばしばコンサートで弾かれていた様ですが、それでも他のピアノ曲に比べるとはるかに少なくマイナーなピアノ曲であった様です。

ともあれ、リヒテルの録音は画期的な録音でした。「ゆっくりすぎる」と誰もが感じるテンポはまさに驚異でした。第21番の変ロ長調のピアノソナタは元々が長い曲である上、ゆっくりなテンポでさらに長くなっていて第一楽章だけで24分かかる壮大なものに仕上がっていました。他の演奏者の録音を見ても、当時は20分を超えるものがありませんから、リヒテルの演奏が相当ゆっくりだったことがお分かりいただけると思います。ドストエフスキー、トルストイに通じるロシア気質にしかできない芸当だと私も感じて聞いていました。

しかしそのゆっくり、ゆったりが核心を突いたのか、それ以降シューベルトのピアノソナタを録音するのが流行になるという現象が起こります。著名なピアニストたちは今までそっぽを向いていたシューベルトのピアノソナタをこぞって録音し始めたのです。関を切って流れる水の様にでした。

数多くの録音が出回って色々な演奏が聴ける楽しみが増えたのですが、いつもどこかにずれを感じたり物足りないものを感じながら聞いていました。「この人は本当にシューベルトを弾きたくて弾いているのだろうか。それともレコード会社から依頼されて弾いているのだろうか」などと思うこともあったほどです。モーツァルトの出来損ないの様なものもありました。ショパン崩れの様なものもありました。ベートーヴェンの様にがっちり組み立てて却ってみすぼらしくなっているものもありました。しかしそうした演奏もある意味教訓的で、そうした反面教師的な演奏を聴きながら、却ってシューベルトのピアノソナタをじっくりと味わう機会を楽しんでいました。

 

シューベルトのピアノソナタの難しさは、曲として、作品として、とりあえずは出来上がったものとしてあるわけですが、それらは作品でありながら作品ではないということです。その点を多くの演奏家が理解に苦しんでいる様で、モーツァルトの様にきちん出来上がったものとして弾いたり、ショパンの様に情緒が溢れんばかりに弾いたりしてしまい、シューベルトからかけ離れたつまらないものになってしまうのです。特に学問的な解釈に頼って演奏するとますますシューベルト的で無くなってしまいます。シューベルトのピアノソナタは楽譜を前にしながらも即興の精神で弾くのが理想ではないかと思っています。

シューベルトのピアノソナタというのは誰もの日常生活に去来する思いが、シューベルトによって音楽に転化したものなのかもしれないと思っています。日常生活というありふれた生活空間の中から、彼によって「何か」が音楽になったということです。その何かを引き出せたのがシューベルトの才能でした。多くの音楽のは、芸術と呼ばれる特殊空間の中で営まれる特殊作業と捉えたがります。そうなると特殊な専門家の分野に入ってしまいます。シューベルトのピアノソナタの場合は芸術作品を表現するという姿勢ではたどり着けないのです。日常生活を営む空間に音楽が忍び込んで来るというのがシューベルト的と言えるのです。日常生活と音楽が渾然一体となっている、あるいは日常生活が音楽的に高まるとも言えます。それを音楽芸術だと張り切って特殊空間に持ち込んでもシューベルトのピアノソナタは場違いで、本来のものが聞こえてこないのです。完結した作品でありながら即興という精神で向かうという、シューベルト的矛盾を克服しなければならないのです。ということは演奏に際しては演奏家の日常の音楽意識、日常の中での音楽感性の研磨が問われるものだと言えるのかもしれません。

ダブルトップのギター

2019年5月20日

最近のクラシックギターの世界はどんなだろうと、名前を聞いたことのない、若手のギターリスト達の演奏をYouTubeで聞いてみました。

最初の印象は、女性ギタリストが増えていることと、音がクリアーになっていることでした。

音の変化については、初めは録音技術が進化したのだろうと思って聞いていましたが、何人かの演奏を聞いているうちにそれもありそうだが、もっと本質的なところに目が行き、昔とは演奏法が変わったことに気づきました。特に弦を弾く時に力を入れていないのに大きな音が出るのかが不思議で、もしかしたら楽器に変化があったのではないか、それとも弦の違いかと勘ぐって調べたところ、ダブルトップというギターが作られていることを突き止めたのです。

音がクリアーになる様に演奏する。これはどの楽器にも共通した約束事です。そのためにギターの場合は、指の力の入れ方、角度、さらには爪の形や長さなどにそれぞれの演奏家が工夫をします。最近の若手の、特に女性の演奏家方は驚くほど長い爪で、軽くはじく様に弾いています。ここに気付いた時点でギターの作りそのものに変化があったことを予感して、色々と検索したわけです。

ギターの前身といってもいいリュートはルネッサンス、バロックの時代は男性が受け持っていた楽器です。ところが鍵盤楽器の方は意外に思われるかもしれませんが女性が弾いていました。弦をはじくというのは思いのほか力が要るもので、男性の方が指に力があるため撥弦楽器は男性の仕事ということになったのではないかとい推測します。

ギターの世界でも女性の進出はここ二十年目覚ましく、昔は紅一点という感じで、幾多のギターリストの中で女性のギター弾きを探すのが難しかったのに、最近の人気ギターリストは女性で占められていると言えるほどの変わりようです。その変化の原因が他でもない、女性の指の力でも十分な音量が作れるギターができたということの様なのです。そのこと自体は嬉しいニュースで、ギター音楽も女性の感性から生まれる音楽が楽しめる様になったということなのですから。

 

さて楽器の方に話を戻しましょう。大きなクリアーな音が出やすい楽器をどの様に見たらいいのかということです。

利点と欠点を含め簡単に要約すると・・

かつての音作りに費やされたエネルギーが、音作りが容易になった分他のことに使われる様になったということです。テクニックの開発に使える様になったといっていいと思います。確かに高度なテクニックの演奏が目につきます。

しかし音作りというのは楽器演奏にとっては心臓部、命に当たるものだということは音楽をするものは知っています。演奏家達は、楽器を問わず懸命に音作りに専念しながら、自分の音と言えるものを作る努力をしたものです。それは音楽性を磨くということと並行して行われたのです。

音量とクリアー度を楽器の方が引き受けてくれる様になると、演奏する立場から見れば技巧的な方面に時間が費やせることになります。そこで演奏曲目も技巧、テクニックに富んだものが際立ってくる様になるのですが、実はそれらは音楽の中心部から少し外れているため、音楽体験の深さをそこに期待することはできないものなのです。コンサートで演奏を聴いている時には大変なテクニックに度肝を抜かれて家路に着いたのに、次の日目覚めて昨日の音楽会のことを思い出しても、なんだったのだろうと、よく覚えていないことがあるのです。優れたテクニックはその場を幻惑させられても、余韻としては残らないものなのです。

 

私は、クリアーで大きな音の出るギターにいささか否定的な立場を取っていますが、大きなクリアーな音のギターを擁護する人たちもいるはずです。特にコンクールに出て演奏効果をアピールするには絶好の楽器です。第一印象の聞き栄えがいいですから、審査員達へのインパクトは強いでしょう。また大きなホールでの演奏には有利ですし合奏する場合にも相手に音が届きやすくなるはずです。といった点はこの楽器が誇っていいところです。

 

しかしダブルトップのギターを使っている演奏家達の演奏をしばらく聞いていると、共通するものが聞こえてきます。演奏が雑なことに気づくのです。しっとりした演奏ではなく、技術に翻弄されている様に聞こえるのです。それは演奏としてはもちろん音楽として致命的なことの様に思うのです。それと弦を弾く時に込める思いが、音がすぐ出てしまうので半減している様で、音に責任感がないといってみたくなるのです。

命がけの音作り、自分の音に責任をかけた演奏とは一味も二味も違うのです。

その結果どうなるかと言えば、すぐに飽きてしまうのです。

愛読する植物図鑑、牧野新日本植物図鑑

2019年4月29日

牧野富太郎の植物図鑑は「上等な」という形容詞がビッタリの図鑑です。

図鑑とか辞典とか辞書を手の届くところに置いておく癖があります。そもそもは調べ物をするときに使う書物なわけですが、私の場合はそれだけではなくお気に入りの図鑑、辞典、辞書は読み物の部類になることもあります。お気に入りという条件を満たしているものに限られているのですが、牧野新日本植物図鑑はその一つです。

牧野富太郎は明治になる前の1862年の生まれですから、今日の教育制度と違う環境で育ちました。当時の小学校を中退して(13歳の頃)その後はほとんど独学で植物を採取しながら分類学を独学した人です。学歴がないにも関わらず研究の内容が評価され当時の東京帝国大学の植物研究所の助手として採用されその後講師を務め述べで77歳で退職するまで47年間務めたものの、学歴がないこと、東京大学出身ではないことでアカデミーからの嫌がらせに苦しめられた様です。しかし英文で世界の学会に向けて発表した論文が高い評価を得たことから東大から博士号を与えられているという珍しい経歴の持ち主です。最近の話では映画監督北野武がフランスから名誉ある賞を与えられたので日本のアカデミーも大慌てで彼を芸大の教授に取り上げたのに似ています。

自らを「植物の精」だと信じていたほどの人でしたから、持ち前の目で植物に接し、「松のことは松に習え」という松尾芭蕉の言葉の様に植物から植物のことを教えてもらえた稀な人だったのです。もちろんそのタイプの人によくみられる様に、社会通念に欠け、研究費がかさむこともあって94年の生涯、生活は苦しかった様です。

この図鑑は、私にとって植物のことで調べ物をする道具ではなく、もちろんそのためにも十分すぎるほど役立つものですが、ふとした時に思い出し読みたくなる珍しい図鑑です。大上段に構えて言わせてもらうと、この図鑑は牧野富太郎という植物学者としての博学に接するだけでなく、それ以上に、彼の世界観が、人生観が、いや植物への熱い想い、愛情がどの植物の説明からからも伝わってきて、調べる用事など無いのについ開いてしまう本なのです。

とは言っても所詮は植物図鑑です。ですから一つ一つの植物について学術的な意味での正確な説明に付き合うわけですが、牧野新日本植物図鑑を読んでいると植物観察が詩人の心で語りかけてきて、まるでお話を読む様なとも、あるいは詩を読む様なとも言える牧野さんの人となりに溶けてしまった植物の姿に接することのできる、贅沢な読書体験が得られる稀有な図鑑なのです。牧野富太郎が感じた植物の世界がそのまま図鑑の説明になりますから、客観的に植物の形や生態について叙述していても、語り口は主観的とも言えるほど牧野富太郎節で、客観に息が吹き込まれ、血が通い人間味を帯び、図鑑なのにそこから牧野富太郎のつぶやきが聞こえ温かさに包まれるのです。

それは一途に牧野富太郎の植物に向かう姿勢からくるもので、生来の植物好き以上の植物に呼ばれる姿が学問という体系にたどり着く道程が、一つ一つの説明の中に生きていて読む者をして植物への深い関心を目覚めさせるのです。血の通った学問とはこういうもののことを言うのだと牧野富太郎から教えられました。

私がもっている「牧野新日本植物図鑑」は昭和36年、1961年に発行されたもので、絵が白黒である上に、個々の説明文の長さが違っていて、編集の際に内容を削るのを心苦しく思った編集の人たちの配慮で説明文の活字のポイントを変えているため不揃いだったりるのですが、逆にそれが独特の読書体験を作り出す要因になっています。説明する文章に味があるのはいうまでもありませんが、牧野富太郎自身が書いた絵が生き生きとしていて、まるで画家の描いた絵の様なのでそれだけはオリジナルの色でみたいと思っています(その後弟子たちの努力によってカラーになった原色版が出版されています)。今日ほとんどの植物図鑑が植物の写真を載せていますが、牧野富太郎の絵の方が植物本来の姿をしっかりと伝えている様に感じるのは私の依怙贔屓だけではない様に思います。