一つの本なのに色々ある翻訳でいくつもの本に。

2021年5月15日

源氏物語の翻訳がいくつあるのかご存知ですか。

厳密な数は把握していませんが、有に二十はくだらないと思います。

一つあれば十分ではないのか、なぜそんなにあるのかと疑問に思う方もいらっしゃると思います。

二つの理由を挙げてみます。

まず解釈が違うことが挙げられます。そして語りの調子、語りのリズムの違いです。

解釈が違うと内容が別なものになったりします。心理状況の捉え方などは小説の場合微妙なものですから、解釈は大事です。時代背景を描写する言葉は特に重要です。解釈が違うと読んでいて思い浮かべる風景が違ってきます。

語り口調、語りのリズムは主観的で趣味の領域です。それを取り締まる規定はありません。翻訳する人は気に入った流れを作るように言葉を選ぶわけです。文章の流れに工夫が施されるのです。

と言う事で全ての翻訳には、客観的なものと主観的なものとが混ざり合っているのです。読者はそれを楽しめば良いのです。そして一番合った翻訳で読めば良いのです。贅沢な話です。

そんな翻訳の気ままで、曖昧なところを見抜いていたのがイスラムの聖典のコーランです。コーランの翻訳は基本的には禁止されています。翻訳されたものからはコーランが伝えたいものが失われてしまうので、翻訳されたコーランはもうコーランではないのです。

翻訳された源氏物語はもう源氏物語ではないと厳密なことを大切にする人が言ったとしたら、「それはそうだが、そこまで言う必要はないのではないか」と言うことで収まるのは、厳格な宗教とは違い、文学という主観を大切にするものだからです。

 

文学の翻訳とは言っても。やはり言語を勉強した人にしかできないのが翻訳という仕事です。言葉を学問するのですやはり学者的な厳密さ(ちょっと宗教に近い物があります)はいつも翻訳に付き纏ってきます。特にアカデミズムなどの師弟関係が強く支配しているところでは、翻訳は翻訳者の主観的な物が消えて、客観的な面が強くなってしまい、いわゆる翻訳調という型に支配され、独特の雰囲気を作ります。翻訳調と言うのは学問調と言って良いものなのです。

 

明治以降日本は西洋からの文献の翻訳が文化の主流になったといえます。翻訳文化です。そのために新しい言葉かたくさん創作されたことはよく知られています。

注意して欲しいことはそこで新しい語り口調が出来上がってしまったことです。この語り口調をなんと読んで良いのか解りませんが、わたしはそっけなくなったと感じでいます。江戸時代の語り口調とはずいぶん違った口調が生まれたのです。現代日本語は翻訳調日本語の延長にあるものです。時々そうした文体とは違うものを意識的に使って小説を書いた人たちは、ある意味では明治、大正の時代風潮に逆らっていたとも言えます。泉鏡花などはその意味で苦労した作家だったようです。

 

今わたしはルドルフ・シュタイナーの普遍人間学の翻訳を試みています。意味的な内容はいくつかの翻訳で正確に紹介されているので、そこを検証する必要はありません。ところがよく聞くのが翻訳は読みにくいと言うことと、解りにくいと言うことです。わたしも読んでみましたが、日本語で読めるという事の意義は感じられても、読んで楽しいということにはならな、いわゆる翻訳調の言葉でした。。

基本的には翻訳されたらもうシュタイナーの普遍人間学からは離れてしまいます。コーランのように、それはもう普遍人間学ではないと言っても良いのでしょうが、ここに問題が一つあります。

この本は講演録だと言うことです。しかも録音されたものではなく、速記を起こしたもので、速記者がいて、速記したものを文章化し、それを編集者がさらに読みやすくしのがドイツ語の原本です。と言うことはすでに原本自体が翻訳的な要素を含んでいる言えるのです。

同じ言葉でも、書き言葉と喋り言葉の間には微妙な違いがあります。ドイツ語の方が日本語よりも違いが少ないと言えるかもしれませんが、この本は講演ですから、喋り言葉で話されたのです。個人的な経験では、講演を聞くと言うのは、ある意味で音楽を聞くようなところがあって、意味だけではなく、講演をする人の雰囲気、喋る時のテンポ、抑揚などが相当の比重を閉めてまいす。特に声によって受け取り方が全く変わってしまうものですから、シュタイナーの講演を聞いていないものに訳されたものは、オリジナルとはずいぶんかけ離れてしまっていると思います。

そんな前提があっての、今回の普遍人間学の翻訳作業です。

わたし自身が講演を重ねてきた人間なので、今までの語り口調がどうしても気になってしまい、どうしても仲節と言われている口調が出てしまいます。その口調に乗せて言わないと伝えられない物があるのです。わたしはその口調で読む時に内容を理解しているからです。

今回の翻訳も仲節で行こうと思っていますが、どれだけの人が仲節を求めているのかを考えると、余計なことをやっているのではないかと、尻込みしてしまうのです。

また途中経過を報告します。

芸の道は長し

2021年5月13日

芸とはなんなのだろう。

わたしは「自分を消す手段」ではないかと思っています。

 

もし人間が今日も森羅万象の力と共にあるなら、自分という発想が生まれる余地はないでしょう。なぜならそこで人間は満たされているからです。森羅万象の中に溶け込んでしまっているかのようです。

 

今の人間たちは、森羅万象から離れてしまいました。追い出されたかのように見えます。誰がしたのかは解りません。

そして自分という満たされることのない姿に変えられてしまったのです。森羅万象を離れた人間たちはそのためだんだん自分を持て余すようになります。

 

特に現代は満たされると言う観点からすると、ものに溢れていても、満たされることがない貧しい時代です。いくら物があっても人間は満たされていません。ガツガツ他人のものをひったくろうとしています。誰が望んでいるのでしょう。

 

自分のものにする。自分のものにしたい。ここが「自分」の始まりかもしれないと考えます。自分と言うのは、実は厄介なもので、自分であればあるほど貧しい存在になってしまうのです。

 

人間は森羅万象の中にいた時の思い出を芸と呼んで嗜むようになります。踊り、歌い、楽器を奏でて、持て余した自分を消そうとしたのです。芸に励んでもなかなか自分を消すことはできません。しかし森羅万象を離れた人間が自分を消すことができるのは、芸の中に没頭する時しかないのです。

そんな時、人間は「芸の道は長い」と感じ、自分を消すことの難しさを嘆くのです。

 

七十歳で分かったこと

2021年5月13日

知識が増えることが楽しみだった時期がありました。自分の枠が膨らんでゆくのです。自分が大きく偉くなったような気分でした。

最近は何がなんでも知りたいとは思わなくなっています。新しい知識はそれなりに新鮮ですが、だからと言って知識が増えたという感覚は無くなってきています。今まで知っていたことを深めるための、料理で言えば香辛料のような感じがします。

七十になって、分かるという感触はどう変わったのかというと、ここに来て分かるというのがだんだんおぼつかないものに変わっています。かつてのどうしても分かりたいと言うガムシャラなところはなくなり、分からなくてもいいや、と言う感じです。消極的に見えまずが、引いているのではありません。もともと分かったと思ったのがただの思い込みなのではないかと、分かると言うことに幾ばくかの疑問をもっていましたから、それが強くなっただけなのかもしれません。こんなに分からないものに囲まれているんだと言ったら良いのかもしれません。

 

わたしがたくさん講演をしている頃、今から二十年から十年くらい前ですが、その頃は自分探しというのが流行っていました。多くの人が大真面目にこのテーマに取り組んでいましたから、流行りごとで片付けてはいけないのでしょうが、わたしは流行現象だと思って横目で見ていました。

もちろんわたしの講演会の主催者の方たちからそれに類したテーマを出されたこともありましたが、看板に偽り有りのような感じで、自分探しにはさらっと触れるだけ、別の話をしていました。

 

自分を探すのは、幸せを探すのに似ています。自分を見つけてどうするのかと言うのがわたしが抱いていた疑問です。

わたしは、人のために何かをすると言うことが、往々にして偽善のように見えます。だからわざわざ他人のためにというスタンスは取らないようにしています。

しかし幸せと言うのは不思議で、他人が幸せになるのは嬉しいのです。自分を幸せにしようとするのは苦手ですが、他人が幸せを感じているのをみるのは好きです。自分のなんでもない行為が人を幸せにすることがあるのです。ただわたしは幸せを押し付けてはいません。幸せは、あることわ幸せて感じる時にだけあるものだからです。

 

遺産相続で何億という額を受け取った人が、他の人との取り分と比べて不満を持って事件を起こしたことが報告されていました。実はよく聞く類の話なのです。信じ難いことですが、本当に不幸せなのだそうです。

幸せを外に見つけることはできないと言うことです。あることを幸せと感じるのかどうかでしかないのです。一万円の臨時収入に幸せを感じる人もいます。何億でも不幸な人もいます。あることを自分で幸せと感じるのかどうかでしかないわけです。

自分と言うものは、わたしの考えてばは、自分のために何かをしても満たされないものです。他人に色々してもらって嬉しがっていても、自分の中身は空っぽです。

ただわたしがしたことをある人が幸せと感じてくれた時、わたしは満たされます。ここの構造はとても繊細です。わたしはその人が幸せになるようなことをしたわけではないからです。わたしがした些細なことをその人が、全く主観的に、幸せと受け取ってくれただけなのです。

その瞬間、わたしを感じることがあります。自分と言う存在に触れることがありますが、またすぐに消えてしまいます。

七十歳なんてまだ青二歳です。