笑う門には福来たる。あるいは微笑みについて。

2022年6月27日

大好きな諺です。正真正銘の座右の銘です。

ファイナンシャルのコンサルタントのような人に、「笑ってそれで福がきて何になるのですか」と言われれば、確かにその通りです。ところが、もし笑わなかったら、と立ち止まってみてください。人間様どうなってしまうのでしょう。ファイナンシャリストたちに機会があれば聞いてみたいのですが、お金があれば福は来るのでしょうか。

自説ですが、人間は笑わなかったら大変なことになってしまいます。笑い喪失症候群という病気による枯渇、硬化のために、自分を支えていた軸が、歯車が合わなくなった時計のようにずれしてしまいます。心身は狂ってしまい、精神的な破壊が生じ、最悪の場合は死んでしまうでしょう。

笑わない、笑えないというのは「死に至る病」にかかっているのです。逆に、笑うことは生命力増加のために欠かせない妙薬なのです。

 

現代はどこの国を見ても「グローバル」という合言葉に導かれ国際色豊かになりました。ドイツも御多分に洩れずいろいろな国からの人が生きてます。

笑いという観点から見てみると、例えば日本人が集まったときには日本独特の笑い方があると感じます。笑いながら一体感を醸し出します。これは日本にいる時には、周りが日本人ばかりだったので気付かなかったことです。

もちろんドイツ人の笑い方もドイツ的です、イギリス人の笑い方(イギリスを一派一絡げにしては怒られます、イングランド的、スコットランド的、ウェルズ的、北アイルランド的で、それぞれに違うのです)、フランス人の笑い方といろいろです。

そしてよくよくそれらの笑いを見てみると、笑いは人と人とを結びつけるつからがあるものだということです。孤立した現代人に一番欠けているもの、それが笑いなのかもしれません。

政治的に分けられた国家という単位は、笑いを研究するには何の役にも立た無いものです。国家単位よりも、国家以前から存在している集団、民族の方が、笑いを観察するには手応えがあり面白いです。もちろん国家と民族が同一の時は別です。

さらに細分化すると、日本の中も関東・関西と分けられますし、南国の人、北国の人と分けられますし、太平洋側と日本海側の人にも分けれられるかもしれません。それぞれに少しずつ違った笑いがああるようです。

大阪の友人の年頃のお嬢さんに、「東京の人との結婚は考えられますか」と聞いたら、即答で「それはないでしょうね」と返ってきました。理由を聞くと「笑うところが違います」でした。生涯の伴侶を選ぶときにはいろいろな動機があります。一番の動機は好きになってしまったことでしょうが、それだけでなく家柄、経済力、容姿などがそれに続きます。でも笑いが登場するとはその時まで考えたことがなかったので、友人のお嬢さんの言葉は新鮮でした。と同時に大阪の人の中には笑いが根強く生きているのだと知りました。

 

最近聞かなくなったのは、「オリエンタルな微笑み」という言い方です。「神秘な微笑み」です。

中近東から東、アジアに連なって行く地域は、湯ヨーロッパから見てオリエンタルとよぱれ、東方ということです、人々の生活の中に微笑みがあると信じられていたのです。今日の情報社会ではなく、フェイクは至る所に溢れていました。そんな中で微笑みはとても神秘的なものだったのです。

気が付けば日本でも微笑みはほとんど死語になっています。日本だけでなく、世界中が微笑まなくなって真面目ヅラ、仏頂面というのか、顔が引きつって、微笑みなんかが生まれないのです。

 

四月の復活祭の時に、久しぶりにグリューネヴァルトが描いた復活するキリストを目にすることがありました。それはフランスのアルザスにある癩病患者の礼拝堂に飾られているえです。毎週一度日曜日にだけ開帳される絵で、昇天し復活したキリストの顔が描かれているものです。透明な平安を久しぶりに感じ、たくさん元気をいただきました。

その時、ふと、仏像が見たくなりました。昇天するキリストの顔が東洋的な安らぎに通じていたからです。家にかるとすぐに私の好きな仏像の写真をいくつか取り出して貪るように見ていました。

そこで気づいたのは、それらの顔は共通して微笑みを浮かべているということでした。興福寺の仏頭のおおらかな眼差し、葛井寺の千手観音の全てを見通した慈悲の安らぎ、長谷の大仏のゆったりした微笑んでいるかのような優しい顔、全ては格別でした。どの顔も今の世情からは程遠く、今日的な雑多な考え方に染まってしまった私たちからは生まれようの無い無垢な顔でした。ところがそれらはどれひとつとして笑ってるとは言えないのです。彼らの笑みは、笑う前の微笑みの源泉なのかもしれません。その源泉に触れると、心は自ずと緩み、顔が自然とほくそ笑んでくるのです。

 

人間の深い安らぎから微笑みは生まれていたのです。オリエントの微笑みは、遠くオリエントにはあるのかもしれないと信じていた西洋人たちの憧れだったのかもしれません。

 

俳句は理系かもしれない

2022年6月21日

今回の文章はまだ未完成だと感じながら公開しました。そうしないとこの文章のいいところが壊れてしまうからです。よろしくお付き合いください。

 

理系と文系と分けることを不思議に思う人はいないと思います。それくらい当然で、人間のタイプ、能力、適応性を理系・文系と分けるのはほとんど常識的なこととなっています。

橋下徹氏が大阪知事の時に、大阪の大学の文系の学科を縮小、あるいは全廃すると公言し物議を醸し出したことがありました。理系、工業系の大学だけが社会に意味のある存在だと言わんばかりで、文系は存続が危ぶまれ、おおあらわでした。小説家の藤本義一氏が直接知事と会って話をしたというニュースをテレビで見た覚えがあります。

ところが一方で生物学者の福島伸一さんが、そもそも生物学は理系に属するものなのに、自らを文系と位置付けてていらっしゃるのを知り狐につままれたような思いをしたことがあります。福島さん独特のバランス感覚のなせる技なのでしょうが、捉え方次第では、理系・文系の区別は流動的と考える方が理に適っているのかもしれません。

 

芸術の世界に目を転じると、そこには理系・文系と分ける習慣は見られません。それを超えているのか、それ以下なのかは読者の判断に任せます。

クラブ活動では運動系と文化系と分けますが、これも体を使うか頭を使うかと簡単に区別できるものではないようです。もちろんそこには理系・文系と分ける根拠はありません。また知能指数という測定技術からも理系・文系の決め手は見つけられません。

古代ギリシャでは「ロゴス」が包括していました。ロゴスには今日いうところの文系と理系の両方が含まれます。つまりロゴスというのは言葉と数学、論理性を併せ持っているものなのです。

今日的な意味で理系・文系を区別しようとするとき、この「言葉と数学」が手かがりになりそうな気がするのですが、古代ギリシャのあり方を見ると言葉と数学は基本的なところ、つまり根っこは同じとみなされていたで、理系・文系を分けるには相応しくないようです。当時は理系・文系と二つに分ける考え方は存在しま線でした。そもそも人間を総合的に捉えていたということなのかもしれません。

理系・文系というのは習慣的に分けていますが、よくよく考えるとそれほど当たり前のことではないことがわかります。

 

さて今日はとんでもないところに話を持ってゆこうと思います。

俳句というのは理系ではないかと考えたのです。

俳句は詩歌で、文学というジャンルに属していますから、普通は文系ということになると思います。

ところが生物学者の福島伸一の考え方の応用編として、さらに物理学者の寺田寅彦の書いた俳句論を思い浮かべながら、俳句は理系であると提唱してみたいのです。

俳句は今世界中から注目を集めています。このような言い方をすると、世界の俳句作りたちはあまり良い顔をしません。「日本人は外国の人に俳句はわからないだろうという先入観をお持ちなのでしょうが、私たちはもうすっかり俳句を理解し、自分のものと考えるほどです。そして日本人には作れない素晴らしい句をたくさん詠んでいます」と反論してきます。

俳句は世界に羽ばたいたのに、同じような和歌は日本というローカルな世界にとどまっています。十七文字と三十一文字ほどの違いしかないのに、しかも和歌にしても結構短い方なので、同じくらい日本を超えて世界に広がっても良いのではないかと思うのですが、和歌はローカル色豊かで日本にとどまり、世界はもっぱら俳句に注目しているのです。

俳句は十七文字から一つの世界を構築します。世界が注目するのは短さだけでなく、俳句という表現方法が宇宙へと広がる可能性を持っているからです。しかも、ここが大事なところなのですが、俳句には、言葉の壁を超えて挑戦できる何かがあるのです。俳句はそれによって世界中の人が取り組み始め、魅了してきました。私はそれが俳句が理系だからだと考えているのです。もっというと俳句は数学に限りなく近いものなのかもしれないということです。

十七文字では心の様子などを隈なく説明できるわけがないのです。そのためにはあまりに短すぎます。確かにこの点を強調するならば、西洋的な心理学好き、説明好きからは短いというのは短所として指摘されるだけです。ところがこの短所、見かけによらず強靭なのです。もし俳句が短いが故に未熟なものだったら、今、世界で注目を集めることなどなかったはずです。

俳句は短くても完璧なのです。俳句は描写し、説明するのではなく、感性的法則を直感的に提示します。

俳句は短い中で、簡略的に高い水準に到達します。それは情緒的表現にも通じるものですが、むしろ宇宙的表現にふさわしいものです。俳句は途轍もない能力を有しているということです。

どこからくるのかというと、日本語という音として使われる「シルべ言語」の持つ宇宙性です。西洋語の言葉は単語として意味を持ち、意味に翻弄され、概念とされます。この「単語言語」「説明言語」「概念言語」と比べると曖昧であることが強調される日本語ですが、本来は非常に直感に富んだ言語のはずです。ヨーロッパの論理的に「説明する言語」とは対極にある「説明を超えたもの」です。西洋の言語はこの仕事をポエジーの中ではなく、文法という理屈で捉え展開したのでした。

俳句の中に凝縮する美的センスは、音、シルべとしての言葉である日本語の凝縮したものです。日本語の中から雫として滴り落ちたものに、論理性、宇宙性を表現できる力が与えられたのです。もしかすると日本語は古代ギリシャのように、理系・文系の両方の能力を持っていたのかもしれません。そう考えると日本語という言語の持つ驚くべき直感的論理性、瞬時的理解から俳句が可能になったことがよくわかります。

俳句は合理性と曖昧性の融合です。日本が工業的に美的なセンスを凝縮しながら工業化を推し進められたのは、日本語が二つの能力を持っていたからだと考えてはどうでしょうか。ここには日本の過去の業績だけでく、世界の未来を感じるのです。

俳句は世界で愛されていますが、そもそもは日本語という特殊な能力、融合した能力からしか産まれ得なかったはずです。俳句に至るプロセスの中で、日本語が数学化したとも言えそうです。日本語という融合したものの中から産まれた奇跡、それが俳句なのかもしれません。

この奇跡、数学に支えられているが故えに世界がいま自分の言葉でも俳句を楽しめるのです。

遊びです

2022年6月7日

子どもの頃は「遊んでばかりいないで勉強しなさい」というのがお母さんが子どもに言う決まり文句でした。

友達を遊びに誘いにゆくと、友達のお母さんたちは家で出てゆく友達に向かって「・・・」とおんなじことを言っていました。「勉強なんかいいから遊んでらっしゃい」なんて言うお母さんはいませんでした。

友達本人ではなくお母さんが「今は時間がないから」と断ってきたケースもよくありました。勉強するから遊んでいる暇なんかがないのだと言うことだったようです。

 

ところが 遊びは勉強より大事だと考えている私は、「何故親は子どもを遊ばせないのだろうか」と不思議でなりません。

永井荷風という小説家は若い頃にフランスに自費で遊んで暮らしていました。ぶらぶらしていたのです。当時は留学とは別の「遊学」といういい言葉がありました。それでビザが取れたのですからいい時代です。

当時外国に行くと言うのはほとんどが国費留学で、何かを学びに行くという目的がありましたから、永井荷風の目に映る留学生の勉強ばかりの生活は息詰まるものだったようです。留学生たちはそれこそ「遊んでいる暇があったら勉強」で鍛えられてきた日本有数の秀才たちだったはずです。そのように西洋に留学して返ってきた人たちによってできたのが近代日本だったわけです。西洋に追いつけ追い越せと日本を引率した人たちです。

余談になりますが、外国を伸び伸びと遊学した代表的な名前を二つあげると、白州次郎と麻生太郎でしょうか。思う存分遊び呆けたこの二人には普通の人間の幅を超えた枠を感じているのですが、この二人に深入りすると話が大きく逸れてしまうのでいずれまた。元に戻します。

 

所詮人生は遊びのようなものです。矛盾した「真剣な遊び」です。遊びというキーワードを外すと、人生は目的という名のうずの中に吸い込まれて這い上がれないでしょう。

遊びを勝ち負けのあるものと考える向きもありますが、それは狭い了見のなせる技で、昨今流行している「勝ち組」「負け組」的発想の原型です。念を押しておくと、これがまさにキリスト教型、ヨーロッパ型の遊びの原型ですから、西洋は2000年未だにそこから抜け出せないでいるということです。相手を負かすことが人生と称されているだけです。旧約聖書を読むと、自分と同じ信仰でない野蛮人は皆殺しするのです。これは遊びというキーワードを外した何者でもありません。宗教と言うのは遊びを毛嫌いするもののようです。

 

先日、プロ野球のレジェンド、落合博満氏が若手の選手にアドヴァイスしているYouTubeを見ていた時、落合氏がさりげなくしかも豪快なことを言っていて、ほっくりしました。

「野球は所詮ボール遊び」と若い選手に言っていたのです。その言葉を聞いた若手の選手は「ワカラナイ」と言わんばかりの顔をしていました。

人の言葉を引用するというのは危険です。大抵は前後の脈絡を無視して使われてしまうからです。さらにそれを引用する人間の主観が入りすぎることからその危険は増大します。特に落合氏の言葉は今までにも誤解しか招いていないものの典型ですから、尚更危険です。落合氏を語る時によく使われる「練習はしない」と言う言葉も、内実を抜きに独り歩きして、誤解を招いているようです。落合氏は「普通の練習はしない」と言っていたに過ぎないのです。私も私の発言が全く逆の意味で使われたと言う苦い経験がありますから、人様の引用を使うときはとても気を使っています。

その時の状況を言うと、落合氏に相談していた若い選手は物事を深刻に考るタイプの人だったことから、茶化すつもりは無かったのでしょうが、「そんなコチコチでは何の答えも見つけられないよ」という流れの中からの言葉でした。しかし落合氏は若手に、真顔で、面と向かって、ニコニコと「所詮(野球は)ボールあそび」と大胆極まりないこと言うのです。

この心の余裕が、私には永井荷風のような遊学的感触が、選手としてまた監督としての落合さんの根底にあったのだと考えています。

野球少年が憧れのプロ野球で野球をするようになる。これは外部にいる素人には想像のつかない世界のはずです。生存競争の激しい社会です。数字で残された成績だけが次の年の首を繋いでくれるような、リスクの多い社会です。野球のエリート集団ですから人間関係も複雑そうです。

その真剣勝負の連続のような世界に向かって「野球は所詮ボール遊び」と言い切ったのですから「あっぱれ」です。いかにも落合氏だと関心して聞いていました。

 

私がドイツに行くときに父は「十年は返って来ないくてもいいから」と言って送り出してくれました。

「十年は返ってくるな」というのでもありませんでした。「勉強が終わったら返ってこい」でもありませんでした。「嫌ならすぐに返ってこい」でもありませんでした。

「十 年 は 返 っ て 来 な く て も  い い か ら」でした。

隣のおじさんは「捨てる神あれば拾う神在だからね」でした。

 

一昨日でドイツに来て45年になりました。