心 そしてユーモアの実践 音楽のこと

2013年10月2日

音楽とユーモアの話しです。

音楽は目に見えない世界での出来事です。

目を閉じた方が音楽が良く聞こえると言うのは多くの人が経験していると思います。目を閉じて音楽を聞いている人は音楽に浸っているのです。

実はユーモアもみえない世界のもの、空気の様なものと言っていいものなのです。目を閉じた方がユーモアのことはよく分かるかも知れません。

個人的にはユーモアは言葉使いに感じることがほとんどです。あの人ユーモアがあるなあー、と感じるのはその人の言葉使いからです。センスのいい言葉はユーモアがないと出てこないものです。

言葉のきつい人はきりきりしていてユーモアのある言葉がない人です。そして、いつも正しいことばかり言っている人も気を付けなければならないでしょう。と言うのは「正しい」と言うのは自分よがりなものですから、基本的には自己中と言う寂しい生き方が反映しているからです。正しいのは自分に取ってだけ通用するものと言うことです。それを人に押しつけたら暴力です。ユーモアと一番遠いい所にあるものです。

 

希に音楽にユーモアを感じることがあります。私が尊敬する、このブログにも何度か登場しているエマヌエル・フォイアマンのチェロの弓の動きからうまれる音楽にユーモアと言っていいものを聞きます。

フォイアマンと言えばチェリストの中のチェリストと言われている演奏家で、百年に一度とも二百年に一度出るか出ないかの希有な人とも言われる人です。音楽にユーモアが宿るのはこのくらい希なことなのかも知れません。

勿論フォイアマンを評価するときにユーモアのあるチェリストと言う言い方はしません。音楽とユーモアを結びつけることは普通はしないものです。でもフォイアマンの素晴らしい演奏を聴いているとそこにはユーモアがあるからだと思うのです。

フォイアマンと言う人は、伝記を読んだりしていると人間的に見てとてもユーモアがたっぷりあった人だったと言うことは何度か読んだことがありますが、彼の演奏をユーモアとしてとらえるのにはお目にかかったことがありません。

私は彼の音楽こそユーモアを体現したものと感じています。何がそうさせるのかと言うと余裕です。どんな難しい曲を弾いても余裕で弾いています。八分目と言う感じです。ですから聞いていて疲れないのです。何時までも聞いていられると言う演奏です。そして聞いた後の体験が深いのです。染みこむように心に浸透して行き、しかも余韻が長いのです。何時までも覚えているのです。

 

ユーモアを実践している人は、また会いたくなる人と言っていいでしょう。また聞きたくなる演奏家、また見たくなる絵そんな中にユーモアは確実に生きています。ユーモアと言うのは、時間の中を流れているからでしょうか。 

 

 

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