幼児教育をもっと評価しましょう

2012年9月27日

幼児教育はすぐに結果が出るものではないので、近視眼的に見たら一体何の役に立つのかという意見に押されてしまうものです。

 

今の社会が一番大きな罪を犯しているのは他でもない幼児教育の過小評価です。これは一つには政策的なものとして見ることができます。簡単に言えば、幼児教育にもっとたっぷりお金をかけるべきなのです。そこに優秀な人材が集まる様にするのです。

 

ただ今の社会では幼児教育にかかわること自体が社会的な評価の対象ではないので、そんな仕事は誰でもできると思われていて、人材を集めようにも集められないのが現状です。しかし給料を上げれば状況はすぐに変わります。少なくとも大学の先生の給料くらいは出すべきです。

 

教育界の手落ちはいつも政治、特に文科省に向けられますが、実は一般社会にも大きな問題があります。幼児教育の本当の大事さは今の社会に全然浸透していません。

大真面目に言います。

幼児教育は何にも増して大事なことです。ここさえ押さえておけば「後は野となれ山となれ」と言っても過言ではない程大事なものなのです。人間は人生の至る所で、幼児期に体験したことに戻って来るからです。幼児期に聞いた母親の声は勿論のこと、幼児期に遊んだ時のこと、お友達のことなど、その後の人生の中で大きな役割を果たすものばかりです。

 

今の時代ほど幼児が犠牲になっている時代はないと思います。幼児期とはとりもなおさず、人生の始まりにあって、その後の人生の底辺を支えるものなのに、そこをほとんど無視していますから、今の社会に社会的な問題が続出するのは当然と言えると私は考えています。

 

幼児は模倣が大事です。ところがこの模倣も狭い範囲で考えられていて、ものを教える手段に使われているだけの様な気がします。何んでも真似させればいいと言うのではなく、幼児というのは自分の周りを全て真似してしまうというすごい生きものなのです。更に周囲が、子どもの環境として存在していることが子どもにとって一番模倣本能を刺激するのです。ところが今の幼児期教育では、そこに先生ずらした様な幼児教育者登場します。その人たちが子どもを叱る姿をいつも見ているのです。そう言う教育者が子どもの周りに居れば子どもは人を批判すること、人を叱ることが人生だと思ってしまいます。その延長に成人した人間の姿があるのですから、人間信じることなんかできなくなってしまいます。幼児期教育はこれからの社会にとって真剣に考えなければならない、けた外れに大きな問題なはずです。

 

母親が今一番幼児期教育を知らない人になっているのかもしれない、なんて考えたくないですが、もしかしたらこれが現実かもしれません。

母親の復権ということも幼児期教育の発展に大きな課題として浮かび上がってくるものです。

 

 

コメントをどうぞ