大きな声と小さな声

2023年11月20日

大きな声で話せば相手に伝わるなんてことを信じている人はいないと思います。大きな声はまず何よりも「煩い」ものですから、聞き耳を立てるなんてことしてもらえず、耳を躱す方に向かいます。ということは大きな声で話されたこととは、相手に届いていないか、つたわつていないと考えていいと思います。

小さな声はどうかというと、これもまた問題で、相手が聞き取れないようなか細し声だと音量的に相手に届いていないということになります。それでは身も蓋もないわけです。微かな声と言いましたが、か細い声というのは確かにあります。お人好しのような場合、相手に何かを押し付けるなんて傲慢だと考えると、小さな声になるようです。それでも案外伝わっているものです。他の原因を勘ぐってみると、どうも喋っている人の自信のなさというところにたどり着くようです。言っていることに自信がないので、外に向かってはっきりと発言できないということです。嘘も大きく括るとそういうことのようです。堂々と嘘がつけるようになれば大物ということなのでしょうが、小心者の嘘はか細い声になります。

大きな声小さな声というのは音量の問題ではあるのですが、それ以上に喋る人の心理状態が関係しているように思います。自信があって強気な人は大きな声ですし、コンプレックスで固まったような不安症の人、自信がない人は小さな声です。また逆に不安がある人が案外大きな声だったりもします。声の印象からすると空っぽの声です。

しかし声の本質は物理的な意味での音量ではないことを指摘しておきたいと思います。

ラジオやテレビ、ステレオ装置などのようなものは音量を上げれば大きな音になります。声も力を入れれば大きな声になります。応援団のような掛け声は特別な発声をした成果です。そう言った大きな声は合図をしたりする時には大切なものですが、伝えたい内容が本当に伝わるかどうかということになると話は別です。余談ですが、オーディオの機械でよく知られているのは、機種がよくなるほどすぐに大きな音にはならないのです。ここでは簡単に音に重みがあるからとだけ言っておきます。

 

語るときは小さく語れ、喋るときは元気に喋れということでしようか。内容が深くなればなるほどそれを伝える声は小さいほいがいいということです。

今は開店休業の状態ですが、私たちの広報誌をピアニッシモと名づけたのはそういうところからだったのです。

 

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