芸術の中の音楽の特異性

2023年12月12日

音楽と他の芸術の間には溝があるんです。これは見えないし、超えられもしないものかもしれません。もちろん、五重塔を凍れる音楽といった方もありしたが、建築には用途が付き纏っています。それは建築の強みであり、また弱みでもあるのです。ところが音楽は少し違います。音楽といえども昔は目的を持ったものでしたが、歴史の流れの中でそこから離れ、古典音楽を純粋音楽と言わしめるほどに用途から離れてゆきました。全ての芸術は音楽に憧れるというのはここです。

画家のパウル・クレーはバイオリンも巧みに弾いた人で音楽で身を立てようと考えたほどです。確かに彼のように両方の才能を持った人というのは存在します。逆に演奏家にも絵を描く人は多くいます。それでも音楽と他の芸術は別の世界のものだといっても矛盾はないのです。

 

根本的な違いは何かというと、音楽の源泉は未来に向かうもの、あるいは未来から来るものということになります。一方他の芸術は過去を向いています。未来と関係する場合でも、未来永劫まで作品を残すという意味合いですから純粋に未来とは言えない、過去を引きずった未来です。時間的には未来を想定していますが、基本的には過去を向いています。

そのことと関連して、全ての芸術作品は残るのもの、残すことを意図して製作されますが、音楽は消えてなくなってしまいますから残らないものなのです。昨今は楽譜や、録音ががあるのでこの感覚からは遠ざかってしまいましたが、音というのは本来的には消えてゆくものなのです。これはとても大事なことなのですが、これに人間は耐えられなかったので記録する、録音するというものを発明したのでしょう。音楽を他の芸術のところにまで引き摺り下ろしたということです。

未来というものがどういうものかはわかりません。しかし私たちは深いところで未来を知っている様に思えてならないのです。潜在意識ではありません。潜在意識は過去の寄せ集められた意識だからです。もし未来というものを私たちが全く感じられていないとしたら、私たちはずいぶん違った生き方を強いられているはずです。簡単にいうと枯れてしまうはずです。私たちがみずみずしく生きていられるのは未来から何かを受け取っているからなのです。未来はただぼんやりとしか存在していないので、ほとんどの人が気づかずにいるだけなのです。

このように考える様になったのは、シュタイナーの本で、「昔の人間は未来のことをもっと感じていた」というくだりに出会った時からです。昔あって今は全くないということはないと確信した瞬間でもありました。それ以来、未来はただ計る時間として何年先といった具合に捉えるのではなく、ずっと具体的で近いものになったのです。つまり今というのは何も過去からの集積でできているものではなく、未来から今に向かって突っ込んでくるものという側面をも持っているものだという考えです。心理学などでは潜在意識とか無意識とか言って、意識の実態を誤魔化しているのですが、意識というのは未来からの力が今に衝突してできているのだと思います。それだから今日意識のことはどの学問も解明していません。それは未来がわからないから解明できないということです。解明の手がかりすら掴めていないのが現実です。

未来に気付くには別に預言者である必要はなく、過去のもの集めに囚われることなく、未来からやってきている今の豊かさを感じればいいのだと思います。ただ未来からのものというのは音楽のように消えてなくなってしまい掴みどころがないものですら大変です。

結局今に目覚めるしかないということなのかもしれません。

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