水曜版 2 食べること

2014年4月2日

昨年六月に退院して今年の二月、父が亡くなるまでの七ヶ月半は食べることの意味を改めて考えさせられた時期でした。

父は肺に水がたまって入院しました。三週間程の病院生活の間、食事らしい食事はほとんどしなかった様で、栄養補給はもっぱら点滴からでした。それでも経過は良好で退院し、その後は自宅で静養しました。

退院した当初は病院でしていた通り点滴で人工的に栄養を取っていました。ところが何を考えたのか、まもなくして点滴の管を自分で外してしまいます。周囲は「これでいよいよか」と心配しましたが、心配とは裏腹にそれを機に父は再び食べ始めたのです。

食べる様になってすぐにお通じが始まりました。頬がふっくらとして来て、顔色がピンクがかって来て、表情も和らいで、母や妹と会話をするようになり、床ずれもきれいになり、昔の様に新聞も読みたがります。余命二週間と言い渡されての退院でしたからドイツから毎日電話をして様子を聞きましたが、父の回復ぶりに驚いていました。看護師さんはまるで奇跡の様におっしゃっていました。検診にいらした歯医者さんは、親知らずが生えて来ていると驚いたほどです。

 食べること、もっと言うと食べ物を口に入れることそのものが深い意味をもっているのです。食べることが大事とは知ってはいましたが、父の食事をとる様になってからの回復の経過、しかも92歳と言う高齢にもかかわらず、父がまるで生まれ変わった様に元気になって行く姿から、今までないがしろにしていたことを教えられた様な気がしたのです。

食べものを口に入れることです。主治医から、食べ物を口に入れた時すでに肛門まで準備を始めますと聞いた時には、思わず「素晴らしい」と言ってしまいました。生命体としての人間がありありと目の前に浮かんできました。生命を維持するために働いている力がです。

 

最近、友人のお嬢さんが拒食症と診断されました。170センチのお嬢さんの体重は今35キロです。

拒食症と診断された人たちは食べることを拒否するわけですが、食べ物を全く口にしないのではなく、限られたわずかの量だけは摂取します。しかし食べることを喜びと感じられなくなってしまいます。更に食べることを罪悪と感じる状況に陥ってしまいます。食べてはいけないと思う様になります。それだけではないようです。拒食症は拒存在症なのです。「生きていてはいけない」という気持ちがどこかで働いています。

生きていることに喜びを感じられなくなる、これは人生には付き物ですから、それだけでは拒食症にはなりません。仕事の上で成績が伸びず上司にこっぴどく叱られたり、経営する会社がつぶれたり、長年連れあった相手と離婚したりと、死にたくなる様な状況はいろいろあります。これをストレスと感じる人は、外に発散できる人で、ストレスから疲れがたまって体の反応が鈍くなり、刺激を求めて突然大食いを始めたりします。刺激にまだ喜びを感じているのです。

拒食症の始まりもここです。生きていることに喜びがなくなるのです。周囲に細かく気を使い、自分のことは後回しにしてしまうタイプですから、ストレスは内向して、自分の存在を自分で認められなくなると自分否定が始まります。その結果食べることから離れます。

食べるというのは、好き嫌いがある、食欲があるという以前に、生命を維持するためにしていることで、生きること、生き続けることに喜びがあるから食べるのです。お腹が空いたと感じるのは生きることを喜びとしているからです。

食べることの基本は消化と新陳代謝です。口から外の世界の物を取り入れ(食べ物のことです)、消化によって新陳代謝できる状態になったもので生命を維持し、残りを排せつします。

父は余命二週間と言い渡されての退院でした。点滴からの栄養補給だけではたとえ自宅に帰って家族に手厚く世話を受けたとしても、病院が言う通り二週間の命だったでしょう。しかし父は食べ始めたのです。食べることに喜びを感じ始めたのです。生きることに喜びを感じ始めたのでしょう。そして二週間の命を七ヶ月半にまで伸ばしたのです。

 

グルメ的な食事、栄養を考えての食事、素材を吟味しての食事と現代人の食生活を支える考え方、食事の仕方はいろいろあると思います。食事の意味、食べることの意味に、神経質になる必要はないのですが、もう一度立ち戻って考えたいものです。

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