孫の誕生

2018年4月23日

4月22日(日)17:50に孫が生まれました。

去年の8月に息子の所に子どもが出来たと知らされてから(4月15日が予定日)楽しみにしていましたが、無事にお産が終わり、

アメリエ・もも

と名付けられた女の子の人生が始まったと同時に、焦点の定まらなかった楽しみは具体的になり、命が繋がってゆく喜びに変わっています。

 

すでに孫持ちの友人たちからは「いいもんだよ」と言われ続け、そういうものかと軽く受け流していましたが、まだ見ていないとは言え、孫のいる人生が始まり、私なりの孫体験が始まっています。たくさん物が詰まっている荷物を背負っているのにも関わらずちっとも重さを感じないことに面食らいながら、人生にはこういう喜びもあったのかと、感慨をもって孫持ち人生をかみしめ始めたところです。

 

子孫という言い方があり、自分の子ども、またその子どもと未来に向かって繋がることをさり気なく言っているわけですが、子どもを授かった時は子育てに夢中で実感できなかったものですが、孫の誕生をきっかけに、子孫という言葉の意味が身近なものとして感じられるのです。

孫が生まれるというのは、親になる時とは違うものです。親になるまでには真剣なプロセスがあって、いよいよ親になったという思いでしたが、祖父というのは知らず知らずのうちに祖父に自動的に移行して行くので面食らっています。

自分がある日突然「お爺ちゃん」と呼ばれるようになるわけです。それだけでなく、急に年を取った雰囲気が周囲に漂い始めたりもして、それを払拭しようと無駄なあがきをしています。

 

息子には日本語を教えませんでした。そのことを息子は何度も「残念だった」と言います。もちろん理由あってのことで、当時私は情緒障害の子どもの世話をする仕事にあって、そこにいた子どもたちは全員家族の中に二つ以上の言葉をもち、その言葉が混沌と混じりあい飛び交っていたのです。子どもたちは言葉の混乱から心の安定を損なっていたのでした。心を支える母国語のない子どもたちの悲劇を目の当たりにしていた当時の私には、流暢に(本当は表面的)いくつもの言葉を使える子どもより、一つの言葉の中で安定した心の持ち主になって欲しという願いがあったのでした。

成人として知り合った人たちの中にも何カ国もの言葉を母国語レベルで話せる人がいて、その人たちからも心の不安定を感じ、それだけでなく人間性の部分に芯の無いもの、あるいは影のような煮え切らないものを感じていたことも子どもたちに一カ国語でやると決めた理由です。大人になってからでも勉強すればそれなりにできるようになるものだと自分の経験から感じてもいました。その息子から、孫には日本語で喋って欲しいと頼まれています。

 

まだ生まれたばかりの小さな命です。まずはお母さんとお父さんからたっぷり愛してもらいたくましく育って欲しいと願う気持ちでいっぱいです。

 

孫の生まれた日は、今は亡き父の誕生日で、それはすでに四年前から祝うことのない日になっていたところに、孫がこの日を再び私の人生にとって意味ある日にしてくれました。

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