オンライン講演が無事に終えることができました。

2021年2月24日

この様な機会が与えられたことに感謝です。そしてそれを支えてくださった方達のご尽力に感謝いたします。そして全国から参加してくださった方達に感謝します。

本当にありがとうございました。

 

やってみれば時間の組み立てが少し違うだけで、いつもの講演会とそんなに変わらないと言う感じです。

成長が意志と関わっていところを私の微力でどのように伝えられるのかを一番懸念しました。

成長をそんなに深掘りしないで、普通の意味の成長として話せば、それはそれでまとまった話になるでしょうが、やはり成長、生命力、意志という関連には触れてみたかったのです。

ただこれを箇条書きにしたら単なる説明で終わってしまいます。それでは講演ではなく、5分で済む説明会になってしまうので、一時間の話に膨らませて美味しいパンに焼き上げるにはどうしたらいいか、そこのところを一番事前に準備したつもりです。

うまくいったのかどうかは聞いた方達が決めることで、私に言えるのはここまでです。

 

とりあえず準備のためのブログは終わりましたが、ブログを書き続けた二ヶ月は気持ちの良い緊張感があり、思いを、考えを言葉にする作業の中で身の引き締まる思いが何度もしました。ですからこれからも、今度は日課として書き続けたいと思います。扱うテーマはバラバラですが、よろしくお付き合いください。

アンケートは時間をかけて書いてください。半年後に私にメールで、「あの時こんなことを考えていました」でも一向に構いません。

これから録画配信が始まるとまた違う感触があるかもしれません、とても楽しみです。

 

みなさまどうぞお元気にお過ごしくださいませ。

本日はありがとうございました。

 

ハイドンはもしかして高僧

2021年2月23日

ハイドンの音楽ほど宗教臭くないものはない、そう思いながらいつも聞いています。

宗教曲に一つ二つ重っ苦しいのがありますが、ほとんどのミサ曲は、19世紀の深刻好きな時代から敬遠されたほどの能天気な明るさです。それなのに俗つぽいところが微塵もないのですから、聞いていて安心です。余計なことを言うこともなく、人に気を遣わせるようなこともなく、いつ聞いても、聞き終わった後は心の中の曇りが晴れ晴れして爽快です。

 

こんな音楽を人に例えたらなんだろうと考えながら、今晩は、ハイドンのバイオリン協奏曲一番ハ長調を聞きながら明日の準備をしました。この曲が私をハイドンに導いた張本人だったのです。コレギウム・アウレウムのレコードを集めているときに買った一枚です。初めて音楽を聴いた様な錯覚を覚えました。独り言で「生きのいい新鮮な音楽だ」と呟いていました。凛として、それでいてしなやかさがあり、シンプルなのです。最後まで聞くとまた初めから聞き直し、三回目は第二楽章だけを聞きました。ドレミファソラシドとバイオリンが弾き始めます。ピッツカートの静かな伴奏でバイオリンの独奏部が続き、最後にもう一度ドレミファソラシドで締め括るのです。一体全体、ドレミファソラシドだけで作曲した音楽家が他にいたでしょうか。大抵はもう少し芸のあることを披露したくなるものです。シンプルすぎます。それでいて退屈しないのです。なんとも大胆な試みです。こんなことができるのは相当の人格者に決まっています。

 

今日のハイドンは無口でニコニコと穏やかに笑った高僧のイメージでした。気持ちの良い気が体の中を通り過ぎてゆきました。

 

 

いよいよ明日が配信日となりました

2021年2月22日

大人の成長にどのようにアプローチしたらいいのでしょうか。

 

もし事前に、今日的平均の関心事をデーター的に整理して、それに基づいて、聞いていらっしゃる皆さんのニーズに答えられる様にと話をまとめたら、いったいどういうものになるかを考えてみてください。

あるいは皆さんに「どういう話を聞きたいですか」と、アンケートを取って、そこから話す内容を汲み取った講演会になったとしたらと考えてみてください。

テレビが視聴率を正確に測り、視聴率の高いものばかりになったとしたらという問いも同じです。

テレビだけでなく、今日の講演会もつまらないものになってゆくのは目に見えています。

今日インターネットの中で行われている、チャンネル登録、いいねも多かれ少なかれ似たことの繰り返しです。

 

そのベースにあるのは経済です。高視聴率は高い広告料金を得るのに必要なのです。テレビ局、ネットのブットホームの本当のお客さんは広告を出してくれる団体で、視聴者ではないのです。ここをよく考えてみてください。視聴者はそのための手段と言っていいのです。私たちは利用されているだけなのだとも言えるのです。これはインターネットの世界でも同じ様に繰り返されています。

 

さて今日は、そこから全く自由に講演会をオンラインでするわけです。事前にアンケートは取りませんでした。今日的な関心も調査しませんでした。そんな不確かなものに明日150人以上の方が申し込んでくださったのです。講演は録画され、向こう一ヶ月の間は申し込めば聞くことができますから、延べ人数はもっと増えます。おそらく多くの方が既にいつかどこかで私の講演を聞いてくださつた方達だろうと想像します。私の結論がない講演会には既に慣らされている方達がほとんどだと思うと、明日カメラに向かって話す時に肩の荷がおります。

今はすでに頭の中が空っぽの状態になりつつあります。この調子で明日カメラの前に立てることを願っています。

今回の講演のためにこのブログをフルに活用しました。とにかく出せるものは話す前に出しておきたかったからです。予定を立てて話すといつも失敗します。もちろん原稿に書いたら大失敗です。理由、それはもう話さなくてもいいのではないかと話している最中に考えてしまうからです。

 

今日までブログに熱心に付いて来て下さった方が沢山いらっしゃることを知っています。心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

ブログは講演会が終わっても続けて書いて参ります。今後ともお付き合いのほどよろしくお願いいたします。